突然のキス
読んで戴きましたら倖せです。
エドワード・カートランドは無造作にベッドに横たわり明日がレポートの提出日だというのに、のんきに居眠りをしていた。
不意に近付いて来た影が言う。
「エディー..............?
アーン、起きそうもないな
ステキな寝顔
いいや、キスしちゃお.......」
エディーは眠りながら深い森林の匂いに包まれ、不意に触れて来た口唇に反応していた。
『心地好いキス.............
きすぅ!? 』
エディーはパッチリ目を開けた。
目の前すぐ傍の長い睫毛。
エディーは慌てて顔を引いて口唇を離し、その顔を見た。
垂れ下がる銀髪の間から瞼が開き、二つのグリーンアイズがエディーの目を覗き込んだ。
「キ、キミ..........誰!? 」
エディーは手でベッドの上をまさぐり眼鏡を探した。
グリーンアイズは低く掠れた声で言った。
「そんな物無くても見える筈だけど」
「え? 」
言われてみればいつもより視界がはっきりしている様な気がする。
グリーンアイズから目を逸らし、視線を泳がせた。
エディーは酷い近眼の上に乱視で眼鏡無しでは総てがぼやけて見えた。
それがどうだろう、視界がとてもクリアだ。
エディーはグリーンアイズから逃れようと身体を捩って転がりベッドから落ちた。
「いでっ.........」
グリーンアイズの持ち主は立ち上がり、床に転がるエディーを覗き込んだ。
「大丈夫、エディー........? 」
エディーはグリーンアイズの全貌を見てその美しさに目を奪われた。
長くうねる銀髪、くっきりした目鼻立ち、熟れた果実のような口唇が誘うように輝いている。
ほっそりした肢体に、付くべきものが付いていない事に気付いてエディーはハッと我に返った。
「キ、キミ............どっち........? 」
グリーンアイズはきょとんとエディーを見詰める。
『しまった!
失礼な事を言ってしまった!
いや、突然人の部屋に入って来ていきなりキスするって、向こうの方が失礼じゃない?
だいたいこの人、誰?
って言うか、どうして眼鏡掛けてないのに見えてるの?! 』
と、エディーは散々思考を巡らせてやっと言葉を絞り出した。
「キミ、いったいボクに何したの?! 」
グリーンアイズはにっこり微笑んだ。
「本当は初めましてじゃ無いけど、初めましてエディー」
『や......そうじゃないでしょ........』
と、エディーは心で呟いた。
「だからキミ、誰?! 」
グリーンアイズは指をヒラヒラさせた。
「こんばんは、僕はグリーン」
それから小首を傾げ言った。
「ねえ、僕もエディーって呼んで構わない? 」
「さっきから散々そう呼んでるでしょ」
グリーンは肩をすくめ笑った。
「そうだね」
エディーは少し落ち着くと立ち上がって小さなため息を吐いた。
「いきなり人の部屋に入って来てキスするなんて非常識過ぎるよ」
「ごめんなさい
でも怒らないで
エディーに逢えると思うと凄く嬉しくてはしゃいじゃったんだ」
「ボクはキミなんて知らないのにキミはどうしてボクを知ってるの? 」
グリーンは机の椅子に腰掛けながら言った。
「僕は君を、生まれた時から知ってる」
エディーもベッドに座り直した。
どう見てもグリーンはエディーとそれほど歳が変わらない様に見える。
エディーは眉間に指を当て考え込みながら言った。
「生まれた時からって、親戚か何か? 」
「そうじゃない」
グリーンは首を振った。
「君をずっと見守って来たんだ
だから君の事はなんでも知ってる
性格も食べ物の好みも趣味も、将来童話作家になりたい事も」
グリーンが言った事は当たっている。
エディーの夢は将来童話作家になる事だった。
「見守って来たって.........」
グリーンをじっと見詰めるがどうしても逢った記憶が見当たらない。
要領を得ないエディーは仕方なく質問を変えた。
「キミって何者の?
その前に、気を悪くしないでね
キミ、その........女性なの?
それとも男性.........? 」
グリーンは胸の前に指を組んで天井を見上げた。
「あ..........ン..............
その質問にはどう答えるべきかな
どちらでも無いと言えばどちらでも無いし、どちらでもあると言えばどちらでもあるし............」
エディーは小さくため息を吐いて言った。
「何をぶつぶつと
それじゃ答えになってなーい」
「この姿だと............」
グリーンがゆるゆるのタンクトップの自分の胸元をのぞいたので、エディーは顔を赤らめた。
『どこ覗いてるのーーぉ!? 』
「一応.........男性かな」
グリーンはエディーに視線を戻すと笑い掛けた。
「前者の質問はね.........」
グリーンは立ち上がって窓の外を指で差し示した。
「ほら、あれが僕...........」
「あれ? 」
エディーは立ち上がって窓の外を覗き込んだ。
そこには暗闇に広がる庭に、この辺りには珍しい菩提樹の木があるだけたった。
エディーは振り返り言った。
「あれって、庭に木が一本あるだけだよ
その向こうはハザウェイさんの家だし」
エディーは答えがストレートに返って来ないことに苛立ち、眉間に皺を寄せ興奮して言った。
「いい加減からかうのは止めてよ!
本当は何者なの!?
何処から来たの!?
突然視力が回復したのは何故!?
ボクはキミの事全然知らないのに、キミはどうしてボクの事を知ってるの!? 」
次々と繰り出されるエディーの問いに、答えに困ったグリーンはいきなりエディーの額に掴みかかった。
「何す.........! 」
「しーーー、目を閉じて........」
グリーンはエディーの耳もとで囁いた。
エディーは驚くがグリーンの静かな物言いに、抵抗力を奪われ従った。
グリーンの手があたっている部分がぼんやりと温かくエディーの額を温め、風景が流れ込んで来る。
エディーは一本の木になっていた。
穏やかな時の流れを感じ、エディーの耳に子守唄が聞こえて来る。
閉じた目に赤ん坊のエディーを抱き歌う母ニーナの姿が見える。
『あれはママと赤ちゃんだった頃のボク........』
次に見えたのはエディーを毛布にくるんで抱き、焦燥するニーナと父ロバート。
二歳のエディーはぜーぜーと言う音をたてながら苦しそうに呼吸している。
「君が喘息の発作を起こした時だよ」
グリーンが静かに言う。
妹のジェシカが生まれ喜ぶエディー。
ジェシカの顔に油性マジックでイタズラ書きしてニーナに怒られるエディー。
本の読み過ぎで視力が落ちて初めて眼鏡を掛けたエディー。
それらを見守る樹木は暖かな喜びを感じながら、ただ佇んでいた。
「解って.......貰えた..........? 」
エディーに自分が見て来た風景を見せる為に大量のエネルギーを消費したので、姿を維持できなくなったグリーンは力無く言うと、ガクンと脱力して崩れ、柔らかな光になって弾け消えた。
「グリーン! 」
菩提樹の葉が、ひらひらと驚くエディーの前に落ちて行く。
床に落ちた葉をエディーは屈んで拾い上げ、見詰め口付けた。
「ごめんね............」
部屋には、深い森林の匂いが立ち込めていた。
読んで戴き有り難うございます。
今回、また純文学にジャンルお邪魔しました。
やっぱりジャンル分けに困ってしまいまして。
有難い事に応援して下さる方に恵まれ、純文学日間6位にランクインさせて戴きました。
応援して下さった皆様、読んで下さった皆様、心から有り難うございます。
(*- -)(*_ _)ペコリ