告白プロローグ
俺、小坂 隆が同じクラスの莉原 理紗に恋したのは3ヶ月前、高2に進級してすぐのことだった。
恥ずかしいから詳しくは話したくないが、とりあえずまあ、莉原の笑顔に惚れてしまった。
正直めっちゃ告白したい。だけど莉原と俺じゃ格が違う。
俺は頭が悪くて何につけても不器用で、唯一野球だけが好きで得意だったから野球部に入ってるけど、それ以外何の取り柄も無い。
莉原は違う。皆から信頼されてるし、俺以外にも実は莉原のこと好きな人は多いんじゃないかな。
だから今まで莉原と話す機会はよくあったが、何もアタックみたいなことはしないで、ただただ恋心を膨らませてるだけだった。
ちなみにまだ誰にも俺が莉原が好きってことは教えてない。
このまま卒業するまでずっと周りにも莉原にも、本心を隠し続けることになるのかなぁ、それは嫌だなぁ。
「いや、知ってるぞ」
隣で着替えるサッカー部の加賀美 翔斗の口から出てきたその言葉の意味を、俺はすぐに理解できなかった。
「は?なんて?」
「莉原だろ?」
「何が?」
「小坂の好きな人」
……待て。待て待て。
俺はな、加賀美。お前はクラスん中でも女子人気高いらしいからな、部活終わったタイミング狙って誰にも聞かれないところで、名前は伏せつつも俺に好きな人がいるってことだけ伝えてな、それとなくアドバイスを求めようとしただけなんだ。なのに
「え何で知ってんの?」
「……もしかしてバレてないと思ってた?」
「うん」
何故か加賀美がめっちゃビックリした顔してるけどビックリなのは俺の方だよ。
「小坂って馬鹿?」
「おい、馬鹿って言うな」
「だってお前よく莉原のこと見てるじゃん、わからない訳無いじゃん」
「えっ、確かに見ちゃうけど、それだけでバレたの?」
「まぁな?わかるよ、俺も誰かを好きになったらつい目で追ったりするよ?けどさ、お前目で追ってねえだろ、顔ごと追ってんだよ」
血の気が引くっていうのはこういうことなんだと初めて、実感を持って知った。血の「気」ってなんだよ、なんで「引く」んだよと思っていたが、漫画でおでこに引かれる縦線みたいな気分のことなんだな。
「マジか……俺そんなにか……」
「自覚無かったのかよ」
「わかった、でもお願いだから誰にも言うなよ、俺が莉原のこと好きだってこと」
……おい加賀美、なんでまたそんなビックリしてんだ。なんかさっきよりリアクションデカくなってないか。
俺変なこと言った?
「〜♪」
すると加賀美の向こうから、鼻歌を歌いながら野田 正丸が更衣室に入ってきた。
「あれ、お前らまだいたの?何話してんの」
「なんでもねぇよ、今終わった」
一番厄介な奴が来たと思った。
野田は付き合いが長いが面倒臭い男だ。ここで莉原のことを知られる訳にはいかない。すぐさまなんでもないフリをした。
なのに加賀美はゆっくりと振り返って野田に尋ねた。
「野田……お前コイツの好きな人知ってる?」
「!!?おい言うなって……!!」
「え?莉原でしょ?」
野田の淡々とした返事に俺の脳と心臓が止まる。更にそのまま野田は続けた。
「それが何よ、莉原の話してたの?」
「コイツさ……それ皆にバレてないと思ってたんだって」
そしてこっちに半笑いになった顔を向ける。
「……マジで?」
血の気はとうに引きすぎてどっかいった。本気で倒れそうになった。
「バレバレだよなぁ、多分クラスのほぼ全員知ってるぞ」
「あーでもなるほどな。だから全然話さなかったのか」
2人が立て続けに発する言葉がドスドスと心にささる。
「おい小坂、大丈夫?」
「大丈夫な訳ねえだろ」
「まぁ気にすんな、多分莉原にはバレてないから」
「そうだな、皆そこら辺は空気読んでるはず」
壁に手をついて深い溜息を吐く。そして吸い込んだ空気は汗の匂いで臭かった。
だが、この溜息には僅かだが安心も混じっていた。莉原にはバレてない、その言葉だけが何よりの救い。
「ごめんな、傷つけたみたいで」
加賀美が凄く優しい声で謝ってくれてるみたいだけどそっちは全然救いにならない。
「そんで本題は何?何か言おうとしてただろ」
「ああ……いや、加賀美モテるからさ……ただの恋愛相談だよ」
「モテるは無い無い、今彼女いねぇし」
「今まで何人いたんだよ」
「5人」
「「モテてんじゃねえか」」
今度は野田と俺がハモった。
これでモテないなら俺らはどうなる。だからイケメンはムカつくんだぜ。
だが今はそのイケメンの力を頼るしかないんだ。
「だからさ、なんでそんなにモテるのか教えてくれよ」
「知らねえよ……あっ俺そろそろ帰んねぇと親に叱られるわ、じゃな」
「おい〜逃げんのか〜」
野田と2人でしつこく加賀美に纏わりつく。しばらく邪魔を続けると加賀美も音を上げた。
「わかったわかった、1つ意識してたこと思い出した」
「おっ、それは何ですか」
「自分の思ったことは相手に正直に言うってことかな」
「あぁ確かに。ズバズバ言ってたもんな、さっきも」
でもそれって、つまりさっさと告れってことか?
「俺、莉原に正直に物言える自信無いわ」
「緊張するだろうけどな、頑張れ」
「そうじゃなくてさ、俺不器用じゃん。でも莉原って凄く努力家だし信頼も厚くて人気だしさ、なんか格が違うっていうか」
するとさっさと帰りたがってたはずの加賀美が逃げようとするのを止め、俺の顔を正面からすっと見つめてきた。
「格の違いなんて関係ねえだろ、好きなら」
その言葉に今までの少しふざけたような調子は無く、加賀美の心の奥底から放たれたように感じた。
加賀美は続けた。
「一番大切なのは気持ちの強さだよ、お前はどれだけ莉原を好きなのかってこと」
そう言い終わると加賀美は時計を見てヤベッと呟き、手を振りながら慌てて更衣室を出ていった。
俺と野田は少しの間立ち尽くしていた。
「……良かったな、アドバイス貰えて」
「うん……」
「どうした?」
「俺、告るわ……」
告るわ、などという大変なワードがスムーズに出てきた。
視界には入っていないが、野田が驚いているのがわかる。その後にんまりしながら俺に近づいてきたのも。
「おうおうおう、やるじゃん。いいじゃんいいじゃん?」
そして俺は、さっきの加賀美のように、野田の方に顔を向けて力強く言った。
「俺、何があっても莉原に告白するよ。約束する」
「お前キャラ変わってね?」
「うるせえ。俺らもさっさと帰るぞ」
「いつ告る?明日?明日?」
「うん、明日の放課後に告白する」
野田は大声で笑いだした。だけど俺をからかう笑い方じゃない。楽しい笑い声だ。
そんな笑い声と一緒に、その日は帰り道を歩いた。
翌日、放課後の教室にはクラスの生徒全員が集まって輪をつくっていた。
俺は野田に背中を押され、輪の真ん中に登場させられる。
「おい野田、何だよこれ。聞いてねえぞ」
「いいからいいから、行ったれ行ったれ」
クラスの視線が俺に集まっている。皆が俺のことで何か話しながら時々キャッキャッと笑っている。
野田が後ろからひそひそ指示した。
「そこから『莉原!』って呼んで莉原も真ん中に出させるんだよ、はよ」
「えぇ……?」
「行けって」
しかし、緊張で足が動かない。いや小刻みに震えてるから動いてはいるけど思うように動かせない。
そうだ、莉原って呼べば良いんだ。莉原、莉原……
駄目だ、声も出ねぇ。何もできねぇやばい。
皆がすっごいニヤニヤしながら見てる。莉原は不審そうにしてる。早く何とかしないと。
野球を思い出せ。目を閉じろ。
そうだ、これは試合と同じだ。ここはマウンド。相手に打たせないように速い球を投げるんだ。俺ならできる、俺ならできる。
行くぞ、この球に全てを注ぐ。
緩やかに口が開き、喉が安心したのがわかった。
目を開いて莉原を見つめる。俺ならできる。
さあ、呼ぼう。
「り――」
だけどその時、教室を包んだ真っ白い光が、俺の一世一代の告白を妨害した。
莉原、と言い終わる前に音が消えて何も見えなくなって、全ての感覚が奪われて。
そして気付くと、俺はベッドの上で産声を上げていた。
次回は3/6の8時半に投稿します