夢での出来事
はじめまして。今回が初投稿となります。未熟な部分も多いかと思いますが、よろしくお願いします。
冒頭部分でまだ本筋には入れていないため、意図的にキーワードは少なくしてあります。ご了承ください。
「逃げて、とにかく逃げるんだ。僕のことはもう、いいから。」
赤々と燃え盛る炎を躱し続けて漸く辿り着いた小さな洞窟。そこで目の前の男は俺の両肩を掴んで「逃げろ」「逃げろ」と繰り返す。
まただ。いつもここから始まる。
俺はここでは小さな子どもで、誰かと何かから逃げ回っている。
俺はただ傍観者として意識が存在するのみで、自分から行動することはできない。一緒にいる男が誰なのかも、自分が誰なのかも分からない。せめて顔だけでも、と毎回男の顔に注意するのだが、夜の洞窟という暗闇のせいでいつもそれが叶わない。
「いやだ、いやだよ、せっかくここまでこれたのに、一緒に行こうよ」
小さな子どもらしく、俺は―いや、俺の意識が入り込んでいるその子は、涙を流しながら男の手をぎゅっと握る。
すると男はため息をつき、なだめるように俺の頭を撫でる。その手は酷く優しく、俺の心を擽ってくる。どこか懐かしいような、そんな感じ。俺も、小さい頃はこんな風に誰かに撫でられていたのだろうか。
「ごめんね。僕も一緒に行きたいよ。でも」
「いや、やだ、」
「僕はもう、×××と一緒に走ることができない。もう、長くないんだ、きっと」
男は優しい声のまま、あははと笑い声を漏らす。
「……どうして?」
「さっきは掠っただけって言ったけど、嘘なんだ。もう、こうやって話すことも精一杯でね。ここまで君を連れてこれた、それだけでもう、満足だよ」
そう言い終わると男は俺から手を離し、肩から下げていた鞄を俺に押し付ける。
「持っていて。それには僕の全てが詰まってる。きっと、君を助けられる」
その言葉に、押し付けられた鞄をぎゅっと抱きしめると、鞄の中からくしゃりという音が聞こえた。
「いやだよ、なんで、そんな、お別れみたいだよ」
「お別れなんだよ、×××。ほら早く行って、追手が来る」
嫌だ嫌だとべそをかく俺をなだめつつ、男は俺を洞窟の外へと押しやる。
「行って、ほら。僕の大事なもの、守れるのは君しかいないよ。」
「………………」
その鞄は小さい子どもが使うにはあまりにも重くて大きい。それを守るという責任感。それらが不安をより大きくさせる。
「あそこを見て、あちこち燃えていて分かりにくいけど、松明が見える」
そう言われて振り向くと、確かに大きく揺らめく炎の合間に、小さな炎の列が点々と見える。
「…………うん」
「あっちには行っちゃだめ。分かるね?反対側、そっちに逃げて」
反対側はまだ燃えておらず、今来た道とは打って変わって暗闇と静寂に覆われていた。
「…ひとりじゃ、こわいよ」
「ひとりじゃない。ここには君の友達が、たくさんいただろう?あの子たちは、君が優しい子だって、知ってる。………っだから、きっと助けてくれる………よ」
男の声がどんどん小さくなる。限界が近いということを察し、俺の両目から更に大粒の涙が溢れる。次第に辺りがざわざわとし始め、追手がもうすぐそこまで迫っていることを知らせる。
「もう時間がない、早く」
「……ねぇでも」
「早く行って!行け!!僕のことは構うなと言ってるだろうが!!!」
先程まで優しく諭すように話していた男が突然怒鳴り、俺の両肩が跳ねる。
「わ、わかった」
今までに見たことのない男の様子に焦りを感じて、俺は覚束ない足取りで洞窟を後にする。
それからはただひたすら暗闇の中を突き進み、何かに躓いて斜面を転がり…………川に落ちたところで…
「………イ、……ユイ!!!ユイったら!!」
目が覚める。
「…んぁ。おはよ。」
俺は小さな村の、羊飼いの男に面倒を見てもらっている。村人からはユイと呼ばれているが、本当の名前は知らない。というのも、俺は元々この村にいた人間ではないからだ。
10年ほど前に川岸に倒れていたところを羊飼いの男に保護され、記憶がなく帰る場所もなかったために、そのままここで暮らしている。
拾われた当時持っていた荷物に“Yui”と記されていたため、村での俺の名前はユイだ。
川岸で拾われたこと、拾われた当初から頻繁に見るさっきの夢の終わりが川への転落であることが妙に引っかかるが、俺はあの夢と現実は特に関係がない…………と、思っている。
だって、あんな物語の中のような過去が俺にあったなんて信じられないし。
だからきっと、ただどこかから過って川に落ち、流されてきた子どもが、自分にとっては衝撃の強い出来事(なにせ記憶を失う程の衝撃だ)だったために、頭のどこかで壮大な勘違いをして物語のような夢を作り上げたんだ、と俺は考えている。
10年経ってもその子どもが作った作り話を夢に見て魘される俺も俺だけど。
「ちょっと。何ぼけーーーっとしてるの??」
「ん、ごめん………?」
「もしかして。また変な夢でも見た?」
今横にいるのは近所の商店の娘のリズだ。この商店は俺がこの村に来たときから家族ぐるみで良くしてくれて、リズは幼馴染のような存在だ。
「あぁうん、そう。ところでなんで俺の部屋いるの?」
リズとは確かに仲良くしているけれど、無断で部屋に入るようなことは無かったはずだ。
「うっそ、酷い!女の子が朝お迎えに来てあげたのに!」
「お迎え…………??」
何かあったっけ、と俺は思考を巡らせる。
「あ。」
「ほんと信じらんない。絶対忘れてたでしょ」
「忘れてた………ごめん、すぐ準備するから、先行ってて」
今日はリズと羊の餌やりを担当することになっていた。そのことをすっかり忘れていた俺は慌てて布団を跳ね除ける。
「言われなくてもそうするもん!おじさんにちゃんと謝んなさいよ!」
パタパタと部屋を出ていくリズを目で追いつつ、俺は身支度を始める。おじさん―羊飼いの男、アランは見た目こそ厳つい顔をした筋骨隆々の大男だが、その性格はとても穏やかで、俺を拾ってから約10年間、実の子どものように育ててくれた。
育ててくれた恩に報いたくて、数年前まで「俺はお前を息子のように思ってるが、他所の子だ。だからお前に跡継ぎになれとは言わねえよ。好きな仕事を探せ。」と言われていたのをなんとか説得し、やっといくつかの仕事を任せて貰えるようになった。それなのに。
「ごっ、ごめん、アラン、今起き…………ました………」
「お、ユイ起きたか。良い良い。少し遅れたくらいじゃ俺のひつじはくたばらねぇからよ。早くリズちゃんを手伝ってやんな。」
アランは視線を本から俺に移すと、ニッと笑みを浮かべる。
「………はい…いってきます」
俺はアランの用意してくれた朝食のパンを1つ掴むと、それを齧りながら家を出た。もぐもぐと口に押し入れたパンを咀嚼しながら、羊舎までの上り坂を一気に駆け上がる。
「ごめんおまたせ!どこまで終わった?」
息を切らしながら農場に飛び込むと、せっせと餌を運ぶリズと目が合った。
「あれ、思ったより早かった。えーっとね、そことそこは終わったから、あっちの3箇所をお願い」
「了解!」
その後協力して羊の餌やりを終え、羊たちが遅めの食事に夢中になっている様子を遠くから眺める。
雲一つない晴天に、時折吹く優しい風が心地良い。
「それにしても今日は良い天気ねぇ。ポカポカで気持ちいい…」
「ここんとこ曇りだったからなぁ、ふぁあ、眠くなってきた」
暖かな陽気に包まれ、俺は思わず大きな欠伸を漏らす。
「あんたさっきまで寝てたじゃないの。あ、そうだ。」
「どうした?」
リズは俺の方を向いて目を輝かせる。ふふん、と鼻息を漏らして口を開く。
「久しぶりに川に遊びに行かない?サンドイッチでも持って」
「お、いいじゃん。こんな天気、この時期じゃ珍しいもんな」
「やった、決まりね!そうと決まればこんなとこでのんびりしてる暇は無いわ!」
リズはぴょんっと立ち上がってスカートについた草を払い、軽やかな足どりで農場の出入り口まで駆けたところで、くるっと振り返って叫ぶ。
「早く早く!日が暮れちゃう!」
「そんな急がなくても……分かった!!羊舎もう一回見てから俺も帰るから!」
「次はちゃんと準備して待っててよね!じゃ、ママにサンドイッチお願いしてくる!」
走っていくリズを見送ってから羊舎に戻ると、食事を終えた羊たちはのんびり羊舎の中の小さな陽だまりで日向ぼっこをしていた。天気が安定して外の草が生えたらまた外に出してやるから、と一人呟いて、俺は羊舎を後にした。
家に戻るとアランが小さなカゴを抱えて立っていた。
「よう、おかえり」
「ただいま、アラン。そのカゴは?」
「川行くんだろ?リズちゃんとこがメシは用意してくれるみてえだけど」
そう言ってアランが蓋を開けると、紙に包まれたチーズが数個入っていた。辺りに独特の香りが漂う。
「チーズ??でもこれ売り物なんじゃ」
「気にすんなって。貰ってばかりじゃ悪いだろ。ほら、次はお前がリズちゃんを迎えに行ってやんな」
半ば強引に箱を持たされ、玄関にいた俺はそのまま外に出される。
「さ、女の子を何度も待たせんじゃねえよ」
「…うん。ありがと、アラン。行ってきます」
「気をつけてな」
リズの家までは歩いて数分の場所にある。商店街の一角にある小さな店で、人当たりの良い店主と妻―リズの両親のおかげで、毎日賑わっている。
「いらっしゃい!あ!靴屋のおじさん!今日は何を買いに来たの?」
「おや、今日はリズちゃんが店番かい?」
「ううん、お母さんがサンドイッチ作ってくれてるから、その間だけ」
「リズちゃん、こっちもお願い、いつものね」
「はいはーい!ちょっと待ってね、えーと、これ?」
「ははは、若い奴には敵わねえなぁ」
「おわっ、なんだおじさんか、こんにちは」
話しかけてきたのはリズの父親だ。どうやら、リズに客を全部取られて暇を持て余していたらしい。
「リズと川行くんだって?」
「ああ、はい、まぁ。天気も良いので」
「そうかい。あいつは目の前のものに突っ走って行くから気をつけて見てやってくれや」
「それがリズの良いところですけどね。あ、そういえば」
俺はカゴからチーズを2つ取り出す。
「アランがくれたんです。いつも貰ってばかりで悪いからって。まだ数はあるんで、これ、奥さんと食べてください」
「お、嬉しいねぇ。仕入れて、売れ残ったら食おうと思ってるんだが、いつも売り切れになるんだよな。アランに礼言っといてくれな」
「あー!パパ、いないと思ったらユイと油売ってたのね」
客の切れ目から俺達を見つけたリズが、こっちを指差して言う。
「おっと、バレちまった。じゃあな、ユイ。リズを頼むわ」
「はーい、じゃあまた」
リズの父親が客を掻き分けて店に戻ると、程なくしてカゴを抱えたリズがこちらに歩いてきた。
「待たせてごめんね。行こっか」
川までは少し距離がある。俺はリズが持ってきたカゴを預かり、のどかな草原を歩く。風が吹く度に草木が優しく揺れ、サラサラという心地のいい音が鳴る。
リズは俺の横をスキップしながら歌を歌う。上機嫌を絵に描いたような様子のリズを眺めながら、俺も頬を緩ませる。
「…いつか、ユイとも歌えたらいいのに」
リズがこう言うのにも理由がある。
俺は昔から歌を歌えない。歌を覚えられないとか、音痴だとか、そういうものではなく、とにかく歌えない。話すときは問題ないが、歌おうとすると声が出ないのだ。まるで、喉が声の出し方を忘れてしまったかのように。
「……ごめん」
「なんでリズが謝るんだよ、いいよ俺は。聞いてるだけでも楽しい」
「なら、いいけど…」
「あ」
「どうした?」
「ユイ、奏者さまの話知ってる?」
「奏者?」
「なんかね、この世界に一人だけ、すごい歌を歌う人がいるんだって。私も詳しくは知らないんだけどね、」
リズが言うには、奏者はいつの時代もただ一人だけ存在する、人を動かす力を持つ人間だそうだ。奏者は歌を歌うことで人を魅了し、動かしてきたらしい。
「奏者さまの歌を聞いたら、ユイも歌えるようになるのかな」
「でも俺のこれは原因もよく分からないしなぁ。その、奏者…さま?がどれくらいすごいのかも分からないし。」
「そうよね。奏者さまだって人間だもん。でも、そんな力を持つ歌なら、聞いてみたい」
「確かに、どんな人も魅了する歌って言われると」
「いつか、ユイと一緒に聞きに行きたいな」
「そうだな」
そうこう話をしているうちに、俺達は目的地に辿り着いた。そこで昼食を広げて食べている時だった。
「誰かいると思ったらユイとリズか!何してんの?」
背後から声がして振り返ると、俺達より一回り小さい男の子が俺達の昼食を覗き込んでいた。
「なんだハルかぁ。びっくりした」
「なんだとはなんだ!ねーねー、デート?」
「ち、違う違う!天気がいいから、外で食べたいなって。ハルこそ何してるの?」
リズが尋ねると、ハルは「よくぞ聞いてくれた!」と言わんばかりに胸を張り、得意気な顔でこう言った。
「川登りするんだよ!!」
「川登り?」
ハルの口から出た川登りという言葉に、俺とリズは「何だそれ?」と顔を見合わせる。
「父ちゃんがボートのエンジン?を手に入れたんだ。それで、川の上流の方に冒険に行くんだよ」
「川の上流…確かに何も知らないね、私達」
「ボート、あと何人か乗れるんだ、リズとユイも一緒に行こうよ!」
「リズ、どうす…………」
リズにどうするか相談しようと思ったが、その問いは途中で途切れた。だってどうもこの表情は…。
「行く行く!!ね、ユイ、行こう!!」
こういう顔だ。まぁ、ハルの父親も一緒なら問題は無いだろう。
「ハルの親父さんが良いって言うなら」
ハルの父親は二つ返事で俺達の同行を承諾してくれた。俺達は空になったカゴを木陰に置いて、ボートに乗り込んだ。
「へぇ、エンジンってすごいんだね、そういうものがあるのは知ってたけど」
「たまたま都市部に住んでる奴が譲ってくれたんだよ」
ボートは水流をものともせずどんどん上流に進んでいく。暫く進んだその時、木々で覆われていた視界が突然開けた。
「…すごい」
「すっげー!!!」
先程まで生い茂り川に影を落としていた木々は、あるところを堺にまだ若く低い木々に変わっていた。そのため陽の光が水面に届き、水面がきらきらと輝いていた。水面の煌めきと若々しい木々の緑に俺達4人は目を奪われた。
「でも…どうしてここから……」
「きっと、火事でもあったんだろうさ。こんなに大きな火事ならあの村にいても知らせが届く気がするんだが…俺はそんな話知らねえな。お前らはなんか知ってるか?」
「おじさんが知らないなら私達も知らないわよ。ね、ユイ。…ユイ?」
「………うん…………そうだな……」
俺は完全にこの景色に心を奪われていた。ただ綺麗だからではない。何かが心をざわめかせる。
「ユイ?どうしたの?」
「……いや、別に」
初めて来たはずなのに、既視感のある川辺の大きな岩。綺麗なのにこの風景が心地悪い。放心状態の俺が気になったのか、ハルの父親とリズが俺の顔を覗き込む。
「ユイ、顔色悪いよ、どうしたの?」
「船酔いでもしたか?」
「いや、そうじゃないんだ、ごめん、なんか、落ち着かなくて」
俺は川辺で拾われた。偶然そこで倒れたのか、流されてきたのかは不明。そしてあの夢。山火事に巻き込まれ、逃げている最中に滑落。いつもはその可能性を否定していたが、今は全てが繋がっているような気がした。
―お別れなんだよ。ユーイ。
突然頭の中で声が響く。
「な、なぁ、今なんか誰か喋った?」
俺の問いかけに対し、俺以外の3人は顔を見合わせたあと、首を振った。
「ユイ、ここに来てからなんか変だよ?大丈夫なの?」
「分からない、なんか、変な感じがして」
―お別れなんだよ。ユーイ。
俺は先程聞こえた声を頭の中で反芻する。それはいつも夢で聞く台詞だった。だが、名前の部分はいつも周囲の音にかき消されて聞こえなかったはずだ。俺の名前はユイで、それに何の違和感も感じたことはなかったが、ユーイという響きに何故か懐かしさを感じた。
「………ユーイ」
「…ユイ?」
「俺は…」
そこからの記憶は曖昧だ。気を失ったのか、自力で帰ったのかも定かではない。ただ、我に返ったときには既に日が暮れており、俺は自室のベッドの上にいた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。今後、続きも書いていく予定ですので引き続き読んで頂けますと幸いです。
また、随時加筆修正していく予定です。
改めて、ありがとうございました。