ダンジョンに明かりを灯す、カンタン(?)なお仕事!
カカッ、カカッと、硬質な音が洞穴に響く。
つと額を伝った汗に、慌てて袖口で拭った。こんなところで火口を湿らせてしまうなんて最悪だ。焦れば焦るほど火が付かないって理解はしていても、焦りから手が滑って堪らない。
「はっ……は! クソッ!」
焦りから、息が切れる。モンスターを撒くのも楽じゃない。倒せるのならどれだけ楽だろうか。
カッと一際大きく打ち付けたら、やっと火花が藁を捉えた。ちりりと小さな煙を上げ始めたそれを、消してしまわないように慎重に息を吹きかける。俺の呼気に合わせて、藁は赤く燻り始めた。
自然と口元も緩む。
「よぉーし。いいぞ、いい子だ」
だが、のんびりもしていられそうにない。
ひたひたというしっとりとした足音に、肉球で消しきれていないツメの音が微かに混ざって聞こえてくる。もう、足掛け罠を抜けて来たというのか。
あとは最奥の一本道で終いというのに、火種を落としてしまうとは俺もついていない。これも全部、天井に張り付いてトラップしていたスライムのせいだ。
配るための親火を消されたのは、いつ振りだろうか。全く、規模の大きいダンジョンはこれだからうんざりする。
しっかりと藁から火の手が上がったところで、その場を離れる事にした。
今度こそスライムごときに消されてしまわないように、松明ではなく腰に吊ったカンテラに火を灯す。一か所あたりの作業時間が長くなるから好ましくないが、この際致し方ない。
なるべく高い位置に、魔道具『スコンス』を刺す。腰のカンテラに、火口の余りである藁を差し込んで火を移すと、そっとスコンスに移した。
さあ、あとは……最奥だけだ。急ぐとしよう。
時間稼ぎに、最後の爆竹に火をつけた。
一際立派な扉の前で、俺はホッと息をつく。
この先は、ボスモンスターの控える大部屋だ。他の通路に明かりを設置していくよりも、周りからの攻撃に気を配らなくていいから楽でいい。
扉が閉まらないように細工しようと、ほんのわずかに開いた隙間に手を差し込む。ノブを麻糸で固定してから、鍵がかからないように詰め物の粘土を押し込んだ。あとは、扉の下部にストッパーを差し込めばボスモンスターの部屋の、戦闘中は脱出不能になる仕様を無力化できる。
けど。
もしかしたら、やっと終わりが見えた仕事に気が抜けていたのかもしれない。
ストッパーを噛ませようとしゃがもうとした、その時だ。どんっと、腰のあたりを何かに強く押されたのだ。
「なっ――――?!」
気配が全くしなかった。
崩れた体制を整えながら振り返ったら、先程詰めた粘土が飛んで来た。避ける間もなく、視界が潰れる。
かなぐり捨てて慌てて扉を開こうとしたが、時既に遅し。ボス部屋らしく、来た扉には無情にもロックがかかってしまった。
「うーわ、ツイてねえわあ」
一体何に突き飛ばされたかなんて、考えている余裕はない。後ろで上がった咆哮に、うんざりしながら振り返った。
* * *
「んで? 結局ダンジョンの主を切って来たっつーのか?」
カウンターに投げるように置いた魔晶石に、冷めた目を向けながら太鼓っ腹は嘆息した。
「うっせえ、違うわ! ボスモンスターだけだ。……結局、俺を突き飛ばした奴は見つけられなかったからな」
仕事の不出来に不満を思わずこぼしたら、肉に埋まったビー玉みたいな目を向けてくるばかりだ。
「ふうん? ま、いいだろう。ボスモンスターならリポップするからな。今回はまけておいてやるよ」
「ただでさえ安い賃金、これ以上減らされたら堪んねえわ」
「あ? 何か言ったか」
「いーえ」
触らぬ神に祟りなし。大人しく引き下がって、さっさと帰るとするかね。