エピソード99:崩壊の円舞
世界が崩れる。
瓦礫が降り注ぐ。天井はひび割れ、巨大な本棚が軋みながら崩壊していく。書庫の壁は血のように赤黒く染まり、そこに刻まれた無数の物語が叫びを上げる。ページが舞い、言葉が溶け、意味の境界が失われていく。
選択は終わった。
私が選んだのは、何も選ばないこと。
未来は書かれた書物からではなく、己の手で紡ぐもの。既定の結末を拒絶し、自らを解き放つ。それこそが唯一の答えだった。
——しかし。
代償は、すべての物語の崩壊。
リーモアが跪いている。影に飲まれながら、それでも微笑を浮かべている。彼の瞳には迷いはない。
「お前は、お前のままであればいい」
彼の体が黒い靄に包まれ、ゆっくりと形を失っていく。
「私は……」
「行け」
その一言とともに、彼の存在は霧散した。
私の胸が軋む。喉が焼けるように熱い。それでも涙は出ない。すべてが失われていく。私の物語も、私の存在も、この世界も——。
シラーチルの気配が微かに残っていた。
彼女の声はない。
ただ、その姿が歪み、消えていくのを私は見ていた。
「……」
何も言えない。何も伝えられない。
ただ、失われていく。
選ばなかった世界。捨てられた未来。そのすべてが泡沫のように弾け、消えていく。
——そして、静寂。
私は、一人になった。
視界が白く染まる。
ここはどこだ?
書庫は消えた。リーモアも、シラーチルも、世界すらも。
足元に広がるのは、空虚な白。
天井もなく、地面もなく、ただ無限に続く白の領域。
「……これは」
誰かが笑っている。
遠く、近く、私の中で。
「おめでとう」
黄金の瞳が、私を見下ろしていた。
“彼女”——創造主の影。
「貴女はすべてを拒み、すべてを捨て、そして何も得なかった」
私は唇を噛む。
「それが……私の選んだ未来」
「そう。貴女は“何者でもなくなった”」
影がゆっくりと手を伸ばす。
「さあ、新しい物語を紡ぎなさい」
彼女の指先が、私の胸に触れる。
——その瞬間。
白が黒へと反転する。
息を呑む。
私は立っていた。
どこかもわからない場所。
荒廃した大地。崩れた城壁。黒い空。
世界の果て。
私は、すべてを失ったはずだった。
なのに。
指先に残る、微かな温もり。
それは——
リーモアの手?
シラーチルの声?
——違う。
これは、私の選択の痕跡。
彼らはもういない。
私は独り。
それでも、私はここにいる。
「……終わりは、まだ来ていない」
静かに目を閉じる。
世界の果てで、私は——