エピソード94:
崩壊する書庫の中、私の足元に無数の紙片が降り積もる。未来の断片。選ばれることのなかった可能性たち。刻まれるはずだった言葉が、意味を失い、ただの白い灰へと変わっていく。
私は立っている。
どこに?
書庫だったはずの空間が、次第にねじれ、輪郭を失っていく。色彩が奪われ、ただ白と黒だけが交錯する。存在と無が混ざり合い、私は自分が立っているのか、浮いているのか、それすらも分からなくなる。
「貴女は......」
“彼女”の声が降る。
振り向く。けれど、彼女の姿はそこにはない。
影。
影だけが、私の周囲を巡っている。
螺旋を描くように。
絡みつく。
囁く。
「望んでいたはずよ? 貴女は、最初から……」
足元に転がる本を拾う。
——表紙がない。
何も書かれていない。
けれど、私には分かる。
これは、私自身の物語。
私が選ばなかった未来。
私が拒んだ結末。
「……それでも、私は」
言葉が、喉の奥で絡まる。
何かが、込み上げる。
胸の奥が、痛む。
世界が軋む音がする。
空間が折れ曲がる。
ねじれた景色の向こうに、無数の“私”が立っていた。
涙を流す私。
笑う私。
何かを抱きしめる私。
血まみれの私。
虚ろな目で佇む私。
それぞれが、それぞれの未来を歩んでいたはずの“私”たち。
「……違う、これは」
頭を振る。
否定する。
でも。
目を逸らせない。
私は、どの“私”にもなれなかった。
私は、ただ選ばなかっただけ。
「それが、貴女の選択」
声がする。
耳元で。
「どこにも行けない」
「どこにも帰れない」
「貴女は、もう」
影が手を伸ばす。
私の喉元を撫でるように。
「……終わらせないの?」
その言葉に、私は。
笑った。
声にならない笑い。
喉の奥でひび割れた音。
「終わりなんて、最初から——」
その瞬間。
すべてが。
崩れた。
——静寂。
何もない。
何も聞こえない。
ただ、私はそこにいた。
白い空間。
果てのない、白。
私は、膝を抱えていた。
「……私は」
震える指先。
何もない。
私は、
私は——