エピソード90:終焉の門
——風が、泣いていた。
黒い大地を這うように、吹き荒れる風。
空は血のように赤く染まり、ひび割れた大気が軋む音を立てる。
私は、独り。
影は伸び、絡みつくように私の足元を這いずる。
まるで、囁きかけるように。
「……進め」
誰かが、そう言った気がした。
あるいは、それは私自身の声だったのかもしれない。
シラーチルは消えた。
私は、彼女の手を取り損ねた。
そして今、目の前にあるのは——
——巨大な門。
“終焉の門”。
かつて、この世界が生まれた時からそこにあった、最初の遺物。
黄金と黒鉄で編まれた扉は、まるで世界そのものを封じ込める檻のように、無機質で冷たく、
それでいて、どこか禍々しいほどに美しかった。
この門をくぐれば、すべてが終わる。
私は、扉の前に立つ。
足元の大地が、脈打つように震えた。
まるで、私の決断を待っているかのように。
——過去の光景が、脳裏に浮かぶ。
シラーチルが微笑んでいた。
あの白い指が、私の頬を撫でた感触を、まだ覚えている。
耳元で囁かれた言葉の温もりも。
「あなたのこと、愛していたわ」
その声が、まだ耳の奥に残っている。
でも、私は愛を知らなかった。
愛とは何なのか。
この胸を刺す痛みが、それなのか。
それとも——
「……私は、一体何者だったの?」
私は、自分に問いかける。
この城の創造者。
この世界の管理者。
そして、すべてを忘れ、ただの一人の人間として生きていた者。
記憶は戻り、すべてを思い出した。
でも、その果てに、何がある?
私は——
「私は……」
その時。
——ざわり、と影が揺らいだ。
門の向こうから、何かが覗いている。
“それ”は、人の形をしていた。
私と、同じ顔をしていた。
黒い瞳。
血のように赤い唇。
白い肌。
そして、静かに微笑んでいた。
「おかえりなさい」
“私”が言った。
「待っていたわ、ずっと」
それは、私の影なのか。
それとも、私自身なのか。
門の向こう側にいる、“本当の私”。
私は、ゆっくりと手を伸ばした。
指先が触れる。
そして——
——世界が、裏返った。
白が黒になり、上が下になり、時間が軋みながら巻き戻る。
私は、深い深い奈落へと引きずり込まれていく。
その先にあるのは、
光か、闇か。
救いか、破滅か。
けれど——
「……これが、私の選んだ結末」
私は、目を閉じる。
そして、門が閉じる音が響いた。