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冷たい汗がじわりと滲む。


アクセルを踏み続けながら、バックミラーを何度も確認する。だが、そこには何も映っていない。


――見間違い? いや、確かにいた。あの黒いフードの男。


昨日も、今日も、同じ場所で。


「……ありえない。」


呟きながら、無意識に指先でハンドルを強く握る。


城の住人が地上で生活している――


再び脳裏に浮かぶ、今朝のニュース記事。ありえないと切り捨てたいのに、頭の奥で何かが引っかかっている。


そもそも、あの城の存在自体が「ありえない」ものだった。


世界のどこにも類を見ない浮遊する城。人類の科学がいくら発達しようと、いまだにその正体は解明されていない。あの城がそこにあることは当たり前のようで、決して「普通」ではなかった。


そして――もし、本当に城の住人が地上に降りているのだとしたら?


「……いや、考えすぎだ。」


無理やり自分に言い聞かせる。


信じてしまったら終わりだ。今までの「普通」が壊れてしまう。


車を駐車場に停め、深く息を吐いた。何事もなかったように家へ戻る。鍵を開け、扉を閉める。その一連の動作を、普段よりも意識しながらこなした。


リビングの電気をつけ、ソファに倒れ込む。


――いやに静かだ。


窓の外を見ると、街の灯りがぼんやりと光っている。あの城も、いつも通り夜空に浮かんでいた。


「……変わらない。」


そう思いたかった。


スマホを手に取り、何気なくニュースアプリを開く。


だが、画面に映った最新記事を見た瞬間、息が止まった。


『〇〇市で不審者の目撃情報続出――黒いフードの人物が各地で確認される』


「……え?」


記事には、私が今日目撃したものとそっくりな情報が並んでいた。


黒いフードを被り、無言で立ち尽くす人物。じっと人を見つめるような仕草。だが、それ以上の行動はしていない。何も話さず、何も触れず、ただそこにいるだけ。


そして、目撃された場所は決まって城がよく見える地点だった。


――これは、偶然?


記事をスクロールする手が震える。


コメント欄を見ると、「自分も見た」という報告が相次いでいた。


「仕事帰りに見かけた。動かないし、気味が悪い」

「家の近くにいたんだけど……まじで不気味」

「誰かのいたずら? でも数が多すぎないか?」


数が、多すぎる?


記事をよく見ると、目撃情報は私の住む地域だけではなかった。市内の至るところで、黒いフードの人物が確認されていたのだ。


「……どうなってるの、これ。」


思わず呟く。


この奇妙な状況を、ただの偶然と片付けるには無理があった。


誰かが仕組んだ悪質なイタズラ? それとも……本当に、「城の住人」が地上に降りてきた?


いや、そんなことはない。


そう否定したいのに、胸の奥で冷たい感覚が広がっていく。


――もし、あの城と地上が何らかの形で「つながり」始めているのだとしたら?


これまで何百年も静かに浮かび続けていた城が、今になって動き出そうとしているのだとしたら?


スマホを持つ手に力が入る。


その時――


「カタン」


どこかで、小さな音がした。


鼓動が一瞬で跳ね上がる。


音の方向を見る。玄関のドア。


気のせいかもしれない。だが、さっき確かに聞こえた。


息を殺し、耳を澄ます。


……何も聞こえない。


ほっと胸を撫で下ろそうとした、その時だった。


「コン、コン。」


――ノックの音。


背筋が凍りつく。


まさか。こんな時間に? 誰が?


不安を抑えながら、スマホを握りしめる。


「……誰?」


意を決して声をかける。


返事はない。


ただ、もう一度――


「コン、コン。」


規則的な、静かなノックの音だけが響いた。

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