エピソード85:終焉のレクイエム
鐘の音が、裂ける。
崩壊の衝撃が、肌を裂き、骨を軋ませる。
楽園の天蓋は粉々に砕け、血の雨が降り注いだ。
空が引き裂かれ、黒い瘴気が溢れ出し、触れるものすべてを塗りつぶしていく。
“監視者”たちの目が、一斉に私を見下ろす。
狂乱と混沌の宴は、“終焉のレクイエム”へと変貌する。
私は目を覚ました。
まるで生まれたばかりの赤子のように、世界が私の中へとなだれ込んでくる。
記憶、痛み、選択の重さ、過去の断片。
“私”は、ただ享楽に溺れるためにここにいたのではない。
“私”は、ただ迷いを放棄するためにここにいたのではない。
“私”は、“終わらせるため”に、ここにいる。
「……目覚めたのね」
シラーチルが、微笑む。
しかし、その微笑みの裏に滲むのは、確かな哀しみ。
「ずっとこうなると分かっていたわ。でも……願ってしまったの」
「お前が”ここ”で、安らげるのなら、と」
その声には、微かな震えがあった。
彼女もまた、知っていたのだろう。
“私”が、このまま楽園に閉じ込められるはずがないことを。
“私”が、ここで終わるはずがないことを。
リーモアが、低く嘆息する。
「お前は”選択”をするべきだった」
「お前は”檻”を破壊すべきだった」
彼の声には、怒りではなく、悲嘆が滲んでいた。
「……だが、それでも”お前”を見たかったんだよ」
リーモアが、私を見据える。
その瞳の奥には、決意の光が宿っていた。
「……だから、最後の”試練”だ」
彼は、手をかざした。
——天が裂ける。
黄金の門が音を立てて崩壊し、虚空へと溶けていく。
“楽園”は、死にゆく。
赤い花が咲き誇る庭園は、崩壊の波に飲まれ、骨と灰の荒野へと変わる。
楽園の住人たちは、次々と”影”へと変わり、闇に飲み込まれていく。
これは、“最後の審判”。
「お前が望むなら——」
リーモアが、血のように赤い剣を掲げた。
「“楽園の檻”を破壊してみせろ!」
私は、拳を握る。
答えは、決まっている。
私がこの場所に囚われる理由はない。
私がこの場所で眠る理由はない。
私が、“ここ”にいるべき理由は、もうない——。
「ならば、“終わらせる”」
私は、駆ける。
影の群れが私を阻む。
歪んだ”楽園”の断片が、私を飲み込もうとする。
しかし、私は止まらない。
——私は、私であるために。
——私は、“終焉”の先へ進むために。
剣が、煌めく。
赤黒い血が弧を描き、地に落ちる。
シラーチルが、微笑む。
「——ああ、やっぱり」
「お前は、“お前”だった」
彼女の言葉は、どこか満足げで、どこか切なげだった。
そして——
“楽園”は、崩壊する。
世界は、音もなく、死を迎えた。
私は、静かに目を閉じた。