エピソード83:背徳のオラトリオ
——鐘が鳴る。
ゴォォォン……ゴォォォン……
音の波が、骨の髄まで響き渡る。
脊髄を伝い、脳髄を震わせる、圧倒的な祝祭の合図。
世界が歓喜に満ちる。
血の香り、肉の甘さ、狂気の吐息。
光が割れ、影が蠢き、世界がその輪郭を失っていく。
舞台は整った。
開演のベルは鳴った。
さあ、幕を上げよう。
私は、踊っていた。
血と涙と蜜で滑る舞踏のフロア。
無数の影が、私たちを取り囲み、喝采を浴びせる。
シラーチルが笑う。リーモアが微笑む。
オーケストラは止まらない。
絶頂のワルツが、神経を焼き尽くすほどに甘く響く。
「——美しいわ」
シラーチルが、私の頬を撫でた。
彼女の指先は氷のように冷たく、それでいて火傷しそうなほど熱かった。
「もっと、もっと踊りましょう?」
彼女の瞳が、私を飲み込む。
どこまでも深く、どこまでも暗い——甘美な沼のような眼差し。
私は頷いた。
踊ろう。
この楽園の夜が終わるまで。
その時、天が裂けた。
ズシャアアアアアアッッッ!!
黄金の空が破れ、黒い傷が走る。
楽園の瓦礫が落ちる。
歓喜に満ちた宴が、一瞬の静寂に包まれる。
「……あら?」
シラーチルが、眉をひそめた。
リーモアが、ワインを傾けながら呟く。
「……“ノイズ”が入ったね」
影が、私を睨んでいた。
死んだはずの”私”が。
骸となったはずの”私”が。
腐敗した指を、ゆっくりと動かしながら。
「……楽園、か」
影が、嗤った。
「笑わせるな」
私の背筋が凍る。
影が這いずる。
黒い血を引きずりながら、“私”が立ち上がる。
「これは、“檻”だ」
楽園の空が、崩れ始める。
シャンデリアが落ち、テーブルが砕ける。
生贄たちの笑い声が、悲鳴に変わる。
「お前は——」
影が、私を指差した。
「ここに、いてはいけない」
鐘が、狂ったように鳴り響く。
世界が、歪む。
私は、息を呑む。
私は——