82 楽園の晩餐
——世界は、血の匂いで満ちていた。
甘く、鉄のように錆びついた香り。
それは花畑に立ち込める春風のように、私たちの皮膚を撫で、骨の髄まで染み込んでいく。
シラーチルが、くすりと笑った。
「ねえ、綺麗でしょう?」
彼女の足元には、螺旋状に捻じれた肉の花畑が広がっていた。
脈打つ花弁、じくじくとした蜜。
根を張った血管は、地面を這うように広がり、ゆっくりと呼吸を繰り返している。
その中央——
私の”影”が、“骸”となって転がっていた。
黒い血が流れ出し、それは周囲の花々へと吸収されていく。
影はもう動かない。
“私”であった何かは、今、完全に”喰われた”。
「ようこそ、楽園へ」
リーモアが、優雅に手を広げた。
彼の背後には、“天国の門”がそびえ立っている。
黄金の輝き。
真珠色の階段。
その向こう側には、狂ったほどに美しい**“宴”**が広がっていた。
——歓声。
——笑い声。
——哄笑。
テーブルに並ぶのは、“血のワイン”と”脳髄の蜜”。
銀の皿には真っ白な骨のオブジェが積み上げられ、琥珀色のソースが滴り落ちていた。
生きた心臓をくり抜く音。
ガラスのように脆い骨が砕ける音。
ああ、なんて甘美な音楽だろう。
「お前の”選択”が、ここを生んだ」
リーモアが、微笑む。
「“定義されない者”が行き着く先は、“形のない楽園”だ」
シラーチルが、私の手を取る。
その指先は冷たく、しかし”温もり”を感じさせた。
「もう何も悩まなくていい」
「お前は、ただ”ここ”で生きればいい」
私は、息を呑む。
これは……“救い”なのか?
“選ばなくていい”世界。
“迷わなくていい”楽園。
ここでは、何もかもが許される。
痛みさえも、悦楽に変わる場所。
「さあ、踊ろう?」
シラーチルが、白いドレスを翻しながら、私を引いた。
オーケストラが奏でるのは、“命”のワルツ。
ワインのように赤い血が、床を濡らし、世界を染める。
私は——
私は——
私は”笑った”。
——最高の楽園が、ここにある。
鐘の音が響く。