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——音が、爆ぜた。
鐘の響きは瞬時に砕け散り、無数の光の粒となって四方へ飛び散る。
それらは、まるで彷徨う魂のように宙を漂い、やがて私たちの体をかすめながら消えていった。
私は、思わず目を閉じる。
——まぶしい。
いや、違う。
これは”光”ではない。
“概念”だ。
目を開けると、世界は既に変わっていた。
“白”と”黒”の境界が消え去り、そこには——“色彩”が広がっていた。
赤、青、紫、金、翡翠、群青、緋色、漆黒、白銀……
ありとあらゆる色が混ざり合い、うねりながら形を成していく。
それは**“存在の原型”**だった。
世界が、“新たな理”を生み出そうとしている。
「……これは?」
リーモアが、困惑したように周囲を見回す。
「世界が……創り直されているのか?」
その瞬間——
“何か”が、落ちてきた。
ズドォォォン!!!
大気が揺れ、大地が震える。
色彩の波に亀裂が入り、衝撃の余波が私たちを吹き飛ばす。
「くっ……!!」
シラーチルが私の腕を掴み、強引に引き寄せる。
リーモアはすぐに構えを取り、落下地点を凝視した。
——そこに、“それ”は立っていた。
巨大な**“影”**だった。
否、もはや”影”ではない。
それは、“私が見たことのない何か”だった。
——歪な腕を持つ者。
——千の瞳を持つ者。
——大地を食む者。
——時を喰らう者。
——存在の境界を侵す者。
その全てが混ざり合い、巨大な”塊”となって、そこに”在った”。
「……これは」
リーモアが、息を呑む。
「……“可能性の暴走”か」
“それ”は、ゆっくりと顔を上げる。
そして——“私”を見た。
“お前が、決めるのだ”
“それ”は語りかける。
いや、違う。
これは”言葉”ではない。
“思考”そのものが、私の中に流れ込んできている。
私は、立っていられなくなった。
頭が焼き切れそうだ。
圧倒的な”情報”が、脳を支配する。
概念が崩壊し、自己が崩れ、全てが溶け合う。
「っ……!」
私は、必死に頭を抱えた。
シラーチルが私を支えようとするが、触れた瞬間、“何か”が弾ける。
彼女の指先が、一瞬”消えかけた”。
「——っ!!!」
シラーチルは即座に手を引き、鋭く睨みつける。
「……これは、危険よ」
“それ”は、なおも私を見つめ続ける。
「……何を、決める?」
私は、震える声で問いかける。
“それ”は、何も答えない。
だが、分かる。
“それ”が何なのか、“それ”が何を望んでいるのか。
“それ”は、“私自身”だ。
無数の選択肢の果てに、たどり着くべき可能性。
私が”選ばなかった全て”。
私が”捨て去ったもの”。
それらが、“暴走”している。
「お前が、決めるのだ」
再び、“それ”が語る。
その瞬間——
私の記憶が、“過去”から現在へと駆け巡った。
創造主だった頃の記憶。
人として生きてきた記憶。
数え切れないほどの選択。
その全てが、今ここで、一つの結論を求めていた。
「……私は」
私は、口を開く。
その瞬間——
“それ”が、動いた。
巨大な腕が、私に向かって振り下ろされる。
「……!!」
シラーチルが咄嗟に剣を構え、リーモアが詠唱を開始する。
だが——間に合わない。
この一撃を受ければ、全てが”終わる”。
“それ”の一撃は、単なる”攻撃”ではない。
“存在そのものを消し去る”ものだ。
私は、歯を食いしばった。
このままでは、“私は”消滅する。
“私の存在”が、ここで断たれる。
——選べ。
“それ”の声が、再び響く。
私の体が、“消えかける”。
——選ばなければならない。
私は、何者か?
私は、何を望むのか?
だが、その時——
「選ばなくていい」
——シラーチルの声が響いた。
私は、息を呑む。
シラーチルは、一歩前に出る。
「“選ばなければならない”なんて、誰が決めたの?」
“それ”は、一瞬だけ動きを止めた。
「お前は、“決断しなければならない”と思ってる」
「でも、それが間違いだったら?」
「お前は、お前よ」
「何も決めなくていい」
「お前は、“在るべきように在ればいい”」
何度も言われたその言葉を聞いた瞬間——
“それ”が、“崩れ始めた”。
——バキバキバキィッ!!
空間が裂け、“それ”の体が砕けていく。
“それ”の無数の瞳が、一斉に私を見る。
“何か”を言いたげに。
だが、そのまま——
“それ”は、消滅した。
——静寂。
私は、立っている。
“それ”は、もういない。
シラーチルが、そっと手を伸ばす。
「……もう大丈夫」
私は——
私は……
——この世界に、“在る”ことを許されたのか?
遠くで、鐘の音が鳴った。
今度こそ、変わる。
いや
これは
終わりの鐘なのかもしれない。