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スマホのアラームオンで起きる。
二度寝の誘惑に負けず、体を起こした。
外はまだ薄暗く、昨日の雨の影響か、空気が湿っている。家を出るとき、玄関のドアを閉める寸前に、ふとした違和感が胸をよぎった。
窓から見た城――それが、いつものように浮かんでいたことに妙な引っかかりを覚える。いや、そもそも「いつものように」という言葉が正しいのか。どんな天候でも、どんな世界の状況でも、あの城は変わらず空にあった。何の影響も受けずに。ただ、そこに。
仕事に向かう途中、ラジオからニュースが流れてきた。
「昨夜未明、〇〇市で不審者の目撃情報が相次いでいます。黒いフードを被り、言葉を発さずに人々をじっと見つめていたとのことです。市民の皆さんは注意してください。」
黒いフード? それを聞いた瞬間、昨日見た影のことが頭をよぎった。
「……まさかね。」
あの建物の前で見た人影。結局、あれは何だったんだろう。気のせい、そう思い込むことはできる。だが、昨日の感覚は確かに異様だった。普段なら何も感じない場所で、一瞬だけでもぞっとするような寒気を覚えたのは、ただの偶然なのだろうか。
ラジオを消し、考えるのをやめた。仕事がある。現実のほうがずっと忙しくて、頭を悩ませることも多い。
職場に着くと、朝の挨拶が飛び交っていた。
「おはようございます!」
「おはよう、今日はちょっと冷えるな。」
いつもと変わらない風景。変わらない日常。だが、その日の仕事中、妙な違和感があった。
接客をしている最中、ふと視線を感じたのだ。
視線の主を探しても、ただ普通に買い物をしている客たちがいるだけ。しかし、その中に、一瞬だけ黒いフードを被った人間がいた気がした。
「……気のせい?」
心臓が妙に速く鼓動する。
やがて仕事が終わり、いつものように帰路につく。
今日はどの道を通ろうか。昨日のことを思い出し、自然とあの建物がある道を避けたくなった。しかし、避けることで何かから逃げているような気もして、それが妙に気に入らなかった。
結局、私はいつもと同じ道を選んだ。
車を走らせながら、あの建物の前を通る。窓を開ける気にはなれなかった。昨日見た影はもういない。そう思いたかった。
建物の前を通過する、その瞬間――
目の端で、確かに動く影を捉えた。
そこには、黒いフードを被った人物が立っていた。昨日よりもはっきりと。間違いなく、そこにいた。
こちらを見ている。
心臓が跳ね上がる。
慌ててアクセルを踏み、その場を離れた。バックミラーを見ると、もうその姿はなかった。
「.....なに、あれ。」
嫌な汗が背中を伝う。
ただの通行人かもしれない。いや、それならどうして昨日と今日、同じ場所にいた? しかも、明らかにこちらを見ていた。
何かがおかしい。
城の住人は地球で生活している――
朝読んだ記事の見出しが、頭の中でこだまする。
まさかね。
……そう思いたかった。