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——沈黙が、世界を蝕んでいく。
亀裂は広がり続け、闇と光の境界が曖昧になっていく。
崩壊する城、漂う灰の粒子、虚空に溶けゆく瓦礫の残響。
音が消えた。
世界は、まるで呼吸を止めたかのように静まり返っていた。
影が、私を見つめている。
その視線には、嘲笑も怒りもない。
ただ、そこに”存在する”という確かな意志だけが宿っていた。
「……私はお前ではない」
私は静かに言葉を紡ぐ。
影は微笑む。
「だが、お前は私だ」
二つの存在が、交錯する。
私は影を睨みつける。
影もまた、私を見返していた。
ふと、シラーチルが口を開いた。
「……この場所が、おかしくなっている」
彼女の声は、冷静だったが、確かな警鐘を孕んでいた。
私は周囲を見渡す。
城は完全に崩れ去り、空には無数の”目”が開いていた。
漆黒の瞳孔が瞬きを繰り返しながら、こちらを見下ろしている。
まるで、世界そのものが”監視者”へと変貌したかのように。
リーモアが、低く呟いた。
「……これは、“世界の自浄作用”か?」
影が、ふっと笑う。
「“お前”が曖昧だから、世界もまた曖昧になる」
私は、眉をひそめた。
「どういうことだ?」
「お前が”何者なのか”を定めない限り、世界は不安定なままだ」
影が指を鳴らす。
——ザリ、ザリ、ザリ。
地面が軋み、黒い蔦のようなものが無数に伸び始める。
それはゆっくりと広がりながら、大地を侵食し、廃墟の瓦礫を巻き込み、絡め取っていく。
「世界は”定義”を求めている」
影が、ゆっくりと手を伸ばした。
「お前が何者かを決めない限り、
この世界は”形を維持すること”すらできない」
私は、何者か?
私は……創造主か?
私は……ただの人間か?
私は——
「“決める”必要なんて、ない」
——シラーチルの声が、響いた。
私は、ハッと彼女を見た。
「……?」
シラーチルは、じっと私を見つめていた。
その瞳には、揺るぎない”確信”が宿っていた。
「お前は、お前でいい」
影が、一瞬だけ目を細めた。
「“定義”を拒むか」
私は、息を呑む。
シラーチルが、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「“答え”なんて必要ない」
「……」
「世界が形を求めるなら、“形を持たないまま”進めばいい」
その言葉を聞いた瞬間——
“監視者”たちが、一斉に瞬きをした。
——バキンッ!
何かが”砕ける”音が響く。
世界の”境界”が、崩れ始めた。
空に開いた無数の”目”が、ひとつ、またひとつと崩れていく。
代わりに、無限の闇がそこに広がっていく。
影が、微笑む。
「……面白い」
影の輪郭が、ゆっくりと薄れていく。
「“定義されない存在”が、“創造主”を超えられるのか」
私は、拳を握った。
このまま”私”であり続ける。
それが、“道”になるのなら——
世界が、胎動を始める。
螺旋の中心で、新たな何かが”目を覚まそう”としていた。