75
風が吹く。
それは、どこか懐かしい風だった。
けれど、もう私はその風を城の玉座から眺める者ではない。
私は、この風を感じる者となった。
世界が、変わろうとしている。
いや——
私が、変わろうとしているのかもしれない。
「……あなたは、満足?」
シラーチルの声が、静かに響いた。
私は、彼女を見つめる。
金色の瞳は、何も語らない。
それなのに、すべてを見透かしているような気がした。
「満足、か……」
私は、答えに詰まる。
満足、という言葉は、この選択にふさわしいのだろうか?
私は、創造主であることを捨てた。
それは、つまり——
この世界を変える力を、手放したということ。
リーモアが、そっと笑った。
「君は”見る者”ではなくなったけれど……“生きる者”として、何を選ぶ?」
私は、言葉を失う。
これから私は——
何をするのだろう?
どこへ向かうのだろう?
「これからのことは、私にもわからない」
「でも、それでいいんだ」
シラーチルが、僅かに目を細める。
「ならば、あなたの歩む道を見届けよう」
彼女は、跪いた。
「……私は、創造主の最も忠実なる家臣」
「あなたが何を選ぼうとも、それを支える者であり続ける」
その言葉に、私は息を呑む。
もう私は、創造主ではない。
それでも——
私を支えるというのか?
「……ありがとう」
その言葉を口にするのは、久しぶりだった気がした。
◇
リーモアが、ふと空を見上げる。
「……そろそろ、行こうか」
彼の指先が示す方角に、扉があった。
それは、どこか見覚えのある扉だった。
けれど、今の私はそれを”試練”の象徴としては見ていない。
「これは……」
リーモアが微笑む。
「これは、お前が”最初に選ぶ”ための扉さ」
私の足元に、影が伸びる。
影は、私とともに歩もうとする。
私は、もう迷わない。