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裂け目は、ゆっくりと広がり続けていた。
光と影が絡み合い、ねじれ、千切れ、また繋がる。
まるで世界が呼吸をしているかのように、柔らかく、しかし確実に変化を続けていた。
シラーチルが微かに笑った。
その笑みは、どこか懐かしさを帯びているようで、しかしながら、底知れぬ何かを孕んでいた。
「お前は、気づいてしまったのだな」
「……何に?」
シラーチルは言葉を返さない。
ただ、ゆっくりと手を伸ばし、私の額に触れようとした。
その瞬間——
世界が、弾けた。
時間が巻き戻る。
瞬間、瞬間の記憶が鮮烈に蘇る。
——城の最上階で、私はすべてを見ていた。
冷たい玉座に腰掛け、無数の命の営みを眺めていた。
人は、なぜ争うのか?
人は、なぜ愛するのか?
人は、なぜ涙を流すのか?
答えを得るために、私は記憶を消し、人間として生きることを選んだ。
そして、今——
私は、その答えを手にしているのか?
「創造主」
シラーチルの声が、私の名を呼ぶ。
それは、ずっと昔に呼ばれていた響きだった。
「お前は、何を選ぶ?」
その問いの意味が、深く心を抉る。
選ばなければならない。
創造主として、ただ見届けるだけの存在に戻るのか。
それとも——
ふと、リーモアが口を開く。
「君はずっと、何かを知りたがっていたよね」
風が吹く。
彼の長い髪が、光の中で揺れる。
「人間の気持ちを知るために、ここに来たんだ」
リーモアの言葉は、柔らかくも確信に満ちていた。
「でも、知ってしまったら、もう元には戻れない」
私は、知ってしまったのだ。
人間とは、何かを傷つけ、何かを失いながらも、それでも前に進もうとする存在なのだと。
愚かしくも、愛おしく、そして何よりも——
「……私は」
足元の亀裂が、限界まで広がっていく。
この世界が、変わるかもしれない。
私が何を選ぶかによって、すべてが変わるかもしれない。
「お前は、どうする?」
シラーチルが再び問うた。
私は、目を閉じる。
そして——
私は、この手に、何を掴む?
世界が、最期の形を見せ始めていた。