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車内は静かだった。窓の外には相変わらず街灯が点々と続き、冷たい雨がフロントガラスを叩いている。ワイパーの音だけが、夜の静寂を規則的に切り裂いていた。私はエンジンをかけたまま、しばらく車を降りることができずにいた。


さっきの夢の余韻が、まだ私の中でくすぶっている。扉の向こうにいた何者かの気配——それがなんだったのか、記憶の底をさらっても何も引っかからない。ただ、妙な胸騒ぎが残っていた。


「……なんなんだろう」


小さく呟いた自分の声が、車内に響いた。ハンドルを握りしめ、ふとルームミラーを覗く。そこには当然、私以外の誰も映っていない。なのに、誰かに見られているような気がした。


そのとき、不意にスマホが震えた。


ディスプレイには、知らない番号が表示されている。時間は深夜4時過ぎ。普通なら間違い電話だろうと無視するところだが、今の状況ではそうもいかない。私はためらいながらも通話ボタンを押した。


「……もしもし?」


返事はなかった。ただ、ノイズ混じりのかすかな呼吸音だけが聞こえる。


「どなたですか?」


そう問いかけた瞬間、電話の向こうで何かがはじけるような音がした。まるで遠くで雷が落ちたような、低く響く音。それに続く、微かな声——男の声だった。


「——開けてはいけない」


それだけを残し、電話は切れた。


私は息を呑んだ。


「開けてはいけない……?」


何を? どこを? そもそも、今の電話はいったい誰だったのか?


訳がわからないままスマホを握りしめる。だが、確かに聞こえた。あの警告のような言葉。


そのとき、突然視界の端に何かが映った。


建物の入り口——あの西洋風のマンションの前に、誰かが立っている。


雨のせいで輪郭がぼやけていたが、間違いなく人影だった。だが、奇妙なのはその姿勢だ。普通ならば傘を差すなり、雨を避ける仕草をするはずなのに、そいつはただじっと立ち尽くしていた。まるで雨など感じていないかのように。


不意に、その人影がこちらを向いた。


距離があるため表情までは見えない。それでも、私は確信した。


——あれは、私を見ている。


背筋が冷たくなる。


エンジンの振動が頼りなく感じるほど、車内の空気は重くなっていた。何かが、おかしい。


私は咄嗟にシートベルトを外し、スマホをポケットに突っ込むと、ドアを開けて外へ出た。冷たい雨が容赦なく体を打つ。だが、それどころではなかった。


「……誰?」


雨音に消されそうになりながらも、私は声を張った。


だが、その人影は何も言わず、ただそこに立っている。


そして——


一歩、こちらへ踏み出した。


心臓が跳ね上がる。


その瞬間、頭の奥で何かが弾けたような感覚があった。いや、違う。これは——記憶?


暗闇の中の扉。かすかな男の声。


そして——


「……開けてはいけない。」


私は息を呑んだ。


その言葉の意味を、ようやく理解した。


——この扉を開けたら、もう戻れない。


私の目の前で、雨の中に佇む人影が、再び一歩踏み出す。


どうする?


私は、どうすればいい?

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