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世界が崩れゆく音がする。
裂け目から光が溢れ、影が踊るように揺らめく。
全てが不確かに歪み、現実と虚構の境界が曖昧になっていく。
その中心に、シラーチルが立っていた。
「久しぶり」
穏やかな声。
それなのに、背筋が凍るような感覚に襲われた。
それは、懐かしさからくるものなのか。
それとも、ここで再び対峙することへの戸惑いなのか。
シラーチルは、優雅に歩み寄る。
長い外套が揺れ、金の瞳がゆっくりとこちらを見据える。
「変わったね」
「……何が?」
「全てだよ」
彼は静かに微笑んだ。
「君がここに立っている時点で、それは明白だ」
リーモアがすぐそばにいる。
彼は何も言わず、ただ私とシラーチルを交互に見つめていた。
——二人は、私の中で何を思っている?
最も親しい家臣。
最愛の兄。
私は彼らを創り、彼らは私を導いてきた。
だが、今は——
「君は、世界を変えるのか?」
再びシラーチルが問いかける。
その声は、冷たくも、優しくもあった。
「それとも——」
「このまま受け入れるのか?」
足元の亀裂が広がる。
影と光が入り乱れ、形を変えながら渦を巻く。
私は、人間たちを見てきた。
ただの創造主として。
ただの観察者として。
彼らは、愚かだった。
争い、憎しみ、裏切り、傷つけ合うことをやめない。
彼らは、美しかった。
愛し、支え合い、希望を紡ぎ続けることを諦めなかった。
そして——
私は、彼らの中で生きた。
「……私は」
私の言葉に呼応するように、光が揺れる。
リーモアは静かに目を伏せ、シラーチルはただ待っている。
どんな決断を下しても、彼らはそれを受け止めるだろう。
それでも、最後に選ぶのは——
私自身だ。
「お前は、理解してしまったのだな」
シラーチルの瞳が、わずかに細められる。
「人間という存在を」
「……かもしれない」
それが正しいのかどうかはわからない。
けれど、私はもう、ただの創造主ではいられなかった。
私は、この世界をどうする?
私は、この人々をどうする?
——私は、何を選ぶ。