67 記憶の果て
影はゆらめきながら、こちらへ近づいてくる。
ゆっくりと、確実に。
それはまるで、私の迷いを見透かすようだった。
リーモアは、ただ静かに佇んでいる。
「恐れることはないよ」
彼の声は温かかった。
だが、私は息を呑んだまま動けなかった。
影の奥に、何かが見える。
記憶——いや、それ以上のもの。
そこには、私が生きた日々があった。
城の冷たい空間に座り、人間たちの営みを眺め続けていた私。
人々が笑い、泣き、争い、愛し合う様を、ただ見つめていた私。
全てを思い出した...
全てを理解した...
「……リーモア」
「ん?」
「私は...何を選べばいい?」
リーモアは、小さく笑った。
「それを決めるのは、君自身だよ」
影が広がる。
足元にまで忍び寄り、じわりと絡みつく。
私は...
私は...
私は...
ずっと...
人間たちを見ていた...
城の最上階から、永遠のように続く世界を眺めていた。
なぜ、彼らは傷つけ合うのか。
なぜ、彼らは愛し合うのか。
なぜ、彼らは、こんなにも愚かで、美しいのか。
その答えを知りたくて、私は自らの記憶を封じ、人間として生きることを選んだ。
そして今、私はここに立っている。
「君は……」
リーモアが、まっすぐに私を見つめた。
「君は、何を願う?」
その問いに、すぐには答えられなかった。
——何を願う?
影の奥から、声がする。
懐かしい声。
優しい声。
悲しい声。
「君が望むのなら、この世界は変わる」
リーモアの言葉が、どこか遠くに聞こえた。
変えることができる。
——この世界を。
——この人々の営みを。
——この、美しくも愚かな現実を。
私は目を閉じた。
そして、ゆっくりと息を吐く。
私が、選ぶ。
私が、決める。
「……私は」
声に出した瞬間——
白の世界に、亀裂が走った。