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夜の闇がゆっくりと世界を包み込んでいく。
群青の空には無数の星が散らばり、風は静かに草原を撫でていた。足元の草がわずかに揺れるたびに、リーモアの言葉が頭をよぎる。
——何かを失いながら、何かを得る。
それが、この世界の理。
遠くに見えた微かな光は、歩を進めるごとに少しずつ形を成していく。まるで、こちらの接近を待っていたかのように。
それは炎だった。
草原の向こう、ぽつんと置かれた古びたランタンの灯り。誰かがそこに座っている。
近づくにつれ、その姿が見えてくる。
黒いローブをまとい、仮面をつけた人物——男か女かも分からない。
ランタンの光に照らされた仮面には、滑らかな微笑みが刻まれていた。
「……旅人か?」
声は穏やかだったが、どこかこちらを試すような響きがあった。
「ここは、境界線だ」
「境界線?」
「そう」
ローブの人物はゆっくりと手を伸ばし、ランタンの灯りを指差した。
「この灯りが届く範囲までが、“こちら側”の世界」
「そして、その先は?」
「“向こう側”だ」
ふと、足元の感触が変わったことに気づいた。
先ほどまで草原だったはずの地面が、いつの間にか冷たく滑らかな石畳へと変わっている。
境界線——その言葉の意味が、静かに胸に染み込んでいく。
ローブの人物は仮面越しにこちらを見つめ、ゆっくりと告げる。
「向こうへ行く覚悟はあるか?」
夜風が吹き抜け、ランタンの炎が揺れた。