6
出勤途中、私は無意識に車のルートを変えていた。目的地は決まっていない。ただ、昨夜通ったあの通り――西洋風のマンションのある道を通りたくなった。
「……やっぱり、何か違う」
マンションの前に車を停め、ぼんやりと建物を眺める。昼間だというのに、やはり窓には明かりがない。そして、昨夜と同じ場所に、誰かが立っていた。
フードを被った青年。
ニュース記事に載っていた人物と、同じだ。
私は思わずドアを開けて、彼のほうへと歩き出していた。
「……あんた、何者?」
問いかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。雨粒が頬を伝い、濡れた黒髪が額に張り付いている。
「……君は?」
意外だった。彼の声は、驚くほど穏やかで優しかった。警戒するような様子もなく、ただ静かに私を見つめている。
「私? ただの、ここの住人だけど」
「……そうか」
彼はふっと微笑んだ。その瞬間、私は奇妙な感覚に襲われた。
――この人を、どこかで見たことがある。
けれど、その記憶は霧のように曖昧で、手を伸ばしても掴めない。
「君も、城を見ているんだね」
「え?」
彼の言葉に、私は息をのんだ。
「君たちの世界では、“あれ”をどう呼んでいる?」
「……城、だけど」
「そうか。僕らの言葉では、“家”って言うんだ」
静かな雨音の中で、彼は淡々と告げた。その瞬間、私の中で何かが弾けた。
――“僕ら”?
「……まさか、あんた……」
彼はもう一度、優しく微笑んだ。
「ようこそ、“家族”の世界へ」
その言葉とともに、視界がぐらりと歪んだ。雨の音が遠のき、気がつくと私は暗闇の中に立っていた。