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息が詰まるほどの喝采。
笑い声が空間を裂き、狂騒のリズムが脈打つ。
万華鏡のように乱反射する光、万雷の拍手、万感の期待。
「さあ、次の幕を——」
影が、促す。
——違う。
足が震える。
床が蠢く。
それは木製の板ではなく、生き物のような柔らかさを持つ何か。
心臓の鼓動にも似た振動が、足裏から染み込んでくる。
——この舞台は、生きている?
観客席が、ざわついた。
影たちが、首を傾げる。
期待を込めた瞳。
それは、剥き出しの捕食者の視線。
好奇と熱狂が入り混じった、異常な空気。
「どうした?」
影のひとつが、私の肩を叩く。
「進めないのか?」
影のひとつが、私の足元を覗き込む。
「まだ、終わらないだろう?」
影のひとつが、耳元で囁く。
——終わり。
私がこの舞台から降りるときは、物語が終わるとき。
けれど、それがいつかは知らない。
知らされていない。
天井が崩れ落ちるような歓声。
まるで嵐。
風圧すら感じるほどの音量で、世界が震える。
「演じろ!」
「踊れ!」
「叫べ!」
「物語を続けろ!」
観客が、手を伸ばす。
まるで舞台の上の私を貪り食わんとするように。
その指先が、爪が、異形の黒い影へと変わる。
粘つく闇の波が、観客席を覆う。
その向こうにあるはずの出口は、すでに見えない。
私の逃げ場は、どこにもない。
「ならば、次の幕を開けよう」
影が、合図を送る。
カツン。
靴音が響く。
世界が、回転する。
まただ。
この感覚。
すべてが、虚構の枠組みの中で動いている。
舞台の上も、観客席も、照明も、影も、音も。
すべてが「作られたもの」だと、肌で理解する。
ならば。
ならば、私は?
空気がざわめいた。
観客たちが、身を乗り出す。
彼らは気づいているのか?
私が、疑問を抱いたことに。
私が、この舞台の正体に気づきかけていることに。
影たちが、にじり寄る。
まるで見えない糸で私を操るように、意識の奥に囁きかけてくる。
「次の演目を」
「次の幕を」
「次の言葉を」
私の口が勝手に開く。
音が、漏れる。
——いやだ。
誰かが書いた筋書きに従うのは、もうごめんだ。
私は、何者だ?
私は——
「幕を閉じろ」
影のひとつが、囁いた。
音が止まる。
光が消える。