56
仮面が笑う。
私が笑う。
私ではない何かが、私の顔で笑う。
——いいえ、違う。
仮面が私を笑っているのだ。
舞台の上、照明がぐるぐると回る。
光の筋が交差し、影が躍る。
観客は陶酔し、歓声が割れんばかりに飛び交う。
誰も彼もが、目を輝かせている。
彼らが見ているのは、何?
仮面か、私か、それとも——
「さあ、開演の時間だ!」
影が、合図を打つ。
カツン。
足元に一歩。
音が響く。
舞台の床が波紋のように揺れ、私の輪郭を溶かす。
誰かが笑う。
誰かが泣く。
誰かが踊る。
私ではない誰かたちが、私を指している。
「主役登場!」
「期待してるよ!」
「最高の幕引きを!」
誰の声とも知れぬ声が、舞台の四方八方から降り注ぐ。
私は一歩、舞台の中央へと進む。
足が震えている。
それは恐怖か? それとも興奮か?
自分でも分からない。
「次の演目は?」
仮面が囁く。
仮面をかぶったままの私が、視線を上げる。
「演じるのは?」
影が問いかける。
「あなたの物語だよ」
——私の物語?
喉がひりつく。
体温が急速に奪われていく。
指先が震え、鼓動が狂いそうになる。
私の物語は、どこにある?
私は、何者?
誰かの作った筋書きをなぞるだけの駒なのか。
それとも——
舞台が歪む。
いや、世界そのものが舞台だ。
観客席が延々と続いている。
舞台の端は見えない。
天井も、床も、壁もない。
終わりのない劇場。
無限の歓声。
果てのない喝采。
「最高の演目を期待しているよ」
観客が囃し立てる。
拍手が波のように押し寄せる。
私は仮面を掴んだ。
外れない。
指が皮膚に沈む。
仮面と私が一体になっている。
笑う唇が歪む。
顔が、私の意思と関係なく、作られた表情を浮かべている。
まるで操り人形。
まるで、役を与えられた存在。
私は……
「さあ、幕を閉じよう」
影が囁く。
指揮棒が振られる。
世界が回る。
照明が落ちる。
観客たちが、一斉に立ち上がる。
「カーテンコール!」
「カーテンコール!」
「カーテンコール!」
無数の声が重なり合う。
私の足が動く。
頭が勝手に下がる。
——おかしい。
これは、誰の演目?
誰が、脚本を書いた?
観客の目が光る。
舞台が収束する。
世界が、一つの物語として閉じられようとしている。
——私の意思とは関係なく。
鐘が、鳴り響く。