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鐘が鳴る。

低く、重く、腹の底に響く音。


世界が蠢く。

まるで生き物のように、ざわりと脈打つ。


舞台の幕は上がったまま。

照明が乱雑にきらめき、影を濃くする。

仮面をつけた観客たちは身を乗り出し、私を覗き込む。


目の奥に、光がない。

まるで私が手品師の帽子の中に落ちた兎であるかのように、じっと、じっと、好奇のまなざしを向けている。


「次の一手は?」


影が囁く。

口元が歪む。

声の端がかすかに震えている——いや、震えているのは世界の方か?



駒か? プレイヤーか? 盤か?


答えを出さねばならない。

しかし、足元には何もない。

駒どころか、盤すらもない。


それなのに、私は確かにこのゲームに参加している。


一歩踏み出した瞬間、空間がねじれる。

幕の隙間から零れた光が、虹色に滲む。

天井のない劇場。

床のない舞台。


それなのに、ここは確かに閉じられた空間だ。


音楽が鳴る。

管楽器の音が、不協和音を奏でながら私の耳を引っかく。

どこかでかちりと歯車が噛み合う音がする。


「踊るの?」


影が聞く。


「歌うの?」


仮面が嗤う。


「演じるの?」


世界が揺れる。


私は唇を噛んだ。


——私は、何をすればいい?



「ならば、こうしよう」


影が手を伸ばす。

指先が私の額をなぞる。


一瞬、寒気が走った。

——いや、それは寒気ではない。


何かが、剥がされた。


「あなたが選ばないのなら、私が選ぶよ」




視界が反転する。

上と下がぐるりと入れ替わる。

世界の輪郭が溶け、泡のように弾ける。


そして、気づいた時——


私は、仮面をかぶっていた。




「演目変更!」


誰かが叫ぶ。

鐘が鳴る。

幕が一瞬にして張り替えられる。


舞台の中央には、仮面の女が立っている。

どこか滑稽で、どこか哀れな道化師。


足を踏み出すたび、世界が軋む。

観客たちが狂ったように喝采を送る。


影が笑う。


「さあ、存分に踊るといい」


声が甘く絡みつく。


「あなたは今、最高の役を手に入れたんだから」


私は仮面を外そうとする。

だが、外れない。


ぴたりと肌に張り付き、まるで最初から自分の顔であったかのように、そこにある。


私は——何?


私は——誰?



観客が囃し立てる。

音楽が狂ったように鳴り響く。

影が、観客席の奥で指揮棒を振る。


「さあ、最高のエンターテイメントの幕開けだ!」


鐘が、鳴り続ける。

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