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鐘が鳴り響く。

世界の骨組みが軋み、きしむ音がする。

舞台の幕が、音もなく裂けていく。


誰かが手を叩いた。

誰かが歓声を上げた。

誰かが、何かを囁いた。


「さあ、続きを始めよう?」


その声は、耳元で囁くようでありながら、どこまでも遠く、まるで虚空から聞こえてくるかのようだった。




影が手を差し伸べる。


「踊る?」


その声は甘く誘うようで、

その目は冷たく見下ろすようで。


「あなた、踊るのは得意?」


影の唇が、まるで微笑を象るように——

いや、嘲笑のようにも見えて。


——私は足を前に出す。


その瞬間、世界が傾いた。




仮面をかぶった人々が嘲笑する。

道化たちが指をさす。

ピエロたちが歓喜に満ちた顔で手を打つ。


「はは、これは最高の演目だ!」


「足元を見てごらんよ!」


誰かが叫ぶ。


私は、視線を下げた。


——そこに、私の影はなかった。



影がくすくすと笑う。


「ねえ、知ってる?」


「あなたには、影がない。」


「あなたは、いったい何?」


また、その問い。

また、私の思考を絡め取るような、あの言葉。


私は——


影が私をじっと見つめる。

その目は底なしの井戸のように、私の中を覗き込む。


「ゲームの続きをしようか?」


影がくるりと回る。

ひらりと舞うその動作は、まるで蝶のように儚く、美しい。


「あなたが先手よ?」


私は、盤の中央に立っていた。

無数の視線が私を射抜く。

だれもが、手に汗を握る。


——しかし、


私は、このゲームのルールを知らない。




鐘が鳴る。


私のターンだ。


だが、盤上には何もない。

チェスでも、将棋でも、双六でもない。

手にするべき駒もなく、刻まれた道筋もない。

それなのに、すべての目が私を見つめている。


「さあ、どうする?」


影がにやりと笑う。


「一手目を間違えたら、詰み だよ?」


何が正解で、何が不正解か。

それすらも分からないまま、私は盤の上に立っている。


まるで、“何かに試されている”かのように。


「ねえ、あなた——」


影が顔を寄せる。

その声は耳元に絡みつく蛇のように、冷たく、湿った囁きだった。


「あなたは、駒なの?プレイヤーなの?」


私は息を呑む。


「それとも——」


影が、ゆっくりと首を傾げる。


「……盤そのもの、なの?」


その言葉に、世界が一瞬、軋んだ。


私が、盤?


「おや?」


影が楽しそうに手を叩く。


「今、ほんの少しだけ歯車が噛み合った音がしたね。いいよ、そのまま考えて?」


私は、胸の奥で何かがざわめくのを感じた。


この世界は、私の知っている世界ではない。

このゲームは、私の理解の範疇にない。


でも、何かが引っかかる。


何かが、おかしい。


影は踊る。

観客たちは笑う。

鐘は鳴り続ける。


「次の一手は?」


影が私を見つめ、にやりと微笑む。


私のターンは、まだ終わらない。

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