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盤が動く。
世界が歪む。
観客たちが息を呑む音が、静寂の中に染み込んでいく。
「あなたのターン。」
白い仮面の男が、ゆっくりと手を差し出した。
その指先が、ひどく滑らかで、人間離れしている。
私のターン。
ならば、動かなければならない。
そうしなければ、私はただの「駒」になる。
「貴方はプレイヤー?」
仮面の奥の瞳が、微かに笑った。
私は——
駒ではない。
「私は.....間違えない...」
その言葉を発した瞬間、盤が一斉にきしんだ。
ピエロたちが歓声を上げ、観客たちは歓喜し、宙に紙吹雪が舞う。
光がきらめく。歯車が回る。鐘が鳴る。
「それでは、第一手——」
ドレスの少女がひらりと踊る。
スカートの裾が翻ると、彼女の足元がぐにゃりと沈んだ。
「喰われる前に、進むべきだね?」
あるピエロそう言った瞬間、盤の一部がぱっくりと裂けた。
黒い空間が口を開けるように広がり、少女の細い足を掴もうとする。
「うふふ、早速ね。」
少女はまるで花がしおれるように、ゆっくりと沈んでいった。
——駒がひとつ、消えた。
「次の手番は?」
仮面の男が私を見つめる。
背中が冷たくなる。
このゲーム、単なる娯楽ではない。
これは——
「命を賭けた遊戯。」
観客席の誰かが、楽しげに呟いた。
足元の盤が再び震える。
選択をしなければならない。
前に進むか、後ろに退くか。
でも——
「……あら?」
どこかから、声がした。
途端に、空間が揺れる。
盤の端から、ひとつの影が立ち上がる。
「あなた、面白い顔をしているわね。」
目が合った瞬間、私は理解した。
その影は——
「私」に似ていた。
歯車が回る。
鐘の音が響く。