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——息をするたびに、命が削れる気がした。
空気が喉を通るたび、まるで肺の内側が刃で刻まれるような錯覚を覚える。
けれど、それは錯覚じゃないのかもしれない。
シラーチルの指先が喉元をなぞる。
爪の先が、皮膚をかすめる感触が、針のように鋭く意識を突き刺した。
「ねえ、リトマス。人間ってどうして“息をする”の?」
吐息すら奪われるような声。
優しく、甘く、そして、圧倒的に残酷な響きを持つ問いかけ。
「……生きるため?」
自分の声が、あまりにか細く響く。
この空間では、自分の存在すらも、誰かの戯れのように脆い。
「そう?本当に?」
シラーチルの瞳が、光を帯びる。
その光は、この世の理を嘲笑うように歪んでいた。
「じゃあ、君が“息をしなくなったら”どうなるの?」
喉元を撫でていた指が、するりと首筋へ沿う。
指先は冷たい。冷たいのに、触れられるほどに熱を持って、思考を蝕んでいく。
「ねえ、試してみたいな。」
首を掴まれたわけではない。
なのに、息が詰まる。
肺が、焦げるように軋む。
「ほら、もう苦しいでしょ?」
シラーチルが、愛おしそうに微笑んだ。
「ねえ、リトマス。君は、自分が必要な存在だと思う?」
何も答えられない。
「世界にとって?誰かにとって?」
シラーチルの瞳が、どこまでも深く沈む。
その奥に見えるのは、影。影。影。
「——でもね、私にとっては、君は“おもしろい”よ?」
耳元で、そっと囁かれる。
その言葉は、冷たい刃よりも鋭く、どこまでも甘美な毒を孕んでいた。
「だから、君が壊れるとこ、見てみたいな。」
喉を撫でていた指先が離れる。
自由になったはずの空気が、途端に重くなる。
息をすることすら、どこか間違いに思えた。
「ねえ、リトマス。君はどっちがいい?」
ゆっくりと振り向くシラーチル。
「生きる?」
「死ぬ?」
「それとも……私のものになる?」
世界は崩壊しつつある。
それを引き起こしているのは——
彼女の、戯れ。