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——音が消えた。
世界が息を潜め、鼓膜を押し潰すほどの静寂が広がる。
冷たい闇。
滲む赤。
切り裂かれた時間の隙間から、**“何か”**がこちらを見ていた。
視線を感じる。
だが、それが”誰”のものかは分からない。
指先に残る微かな感触。
皮膚を裂いた刃の重み。
甘やかで鈍い痛みが、脳の奥を痺れさせる。
「ねえ、リトマス。」
声が、落ちてくる。
滴る水のように、耳の奥へと染み込んでいく。
「人ってさ、どこまで”本物”なのかな?」
“本物”。
その単語が、まるで呪詛のように響いた。
「……何を……?」
問いを紡ぐ前に、頬に触れる冷たい指。
細く、白く、どこか非現実的な肌の感触。
まるで陶磁器。
壊れやすく、しかし決して砕けない。
「君の存在が、“確か”ってどうして言えるの?」
シラーチルは、細い唇をゆっくりと歪めた。
「脳が作った幻想かもしれない。
誰かが用意した物語かもしれない。
そもそも”君”は、“君”なの?」
ああ。
まただ。
また、その問いだ。
そのたびに、頭の奥が軋むように痛む。
「……そうやって困った顔をするの、好き。」
シラーチルは愉悦に染まった瞳で、私を覗き込む。
「ねえ、リトマス。私ね、君のこと、“好き”だよ。」
不意に、シラーチルの唇が近づいた。
それは、氷のように冷たい。
沈む感覚。
意識が薄れ、境界が曖昧になる。
自分の輪郭が崩れていく。
「……ああ、そう、これこれ。」
シラーチルがうっとりと瞳を細める。
「“君”が壊れていくのを見るのは、最高の娯楽だよ。」
私は、ただ、ぼんやりと彼女を見つめる。
この世界は。
この存在は。
この私は。