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シラーチルは、私の唇にそっと指を押し当てる。


柔らかな肌。

指先に絡みつく微かな血の香り。


「ねえ、リトマス。

“美味しい”って、どういうことだと思う?」


言葉の意味が脳内で霧散し、代わりにざらついた悪寒が背骨を撫でた。


シラーチルは楽しそうに微笑んだ。

それはどこか、壊れたオルゴールの音色のような——

美しくも、どこか歪なもの。


「甘い?苦い?酸っぱい?それとも、塩辛い?」


ひとつひとつ言葉を転がすたびに、シラーチルの指先が私の頬を撫でる。


「ねえ、リトマス。君は“何の味”がするの?」


私の喉がひりついた。

拒絶したいのに、体が動かない。


ナイフの冷たい刃が、私の首筋をなぞる。

ひやりとした感触に、微かな震えが走った。


「ふふ、怖がらなくていいよ。……ちょっとだけだから。」


刃先が、皮膚を浅く裂く。


滲む血液。


赤黒い雫が、首筋を滑り落ちる。


シラーチルは、それをゆっくりと指先で掬った。


「ねえ、リトマス。君の“赤”って、本当に綺麗。」


うっとりとした瞳。

酩酊したような表情。


「ほら、見て?この色……ねえ、なんだか懐かしいと思わない?」


「懐かしい……?」


私は、シラーチルの顔を見つめた。


彼女はゆっくりと、血を舐めとる。

舌先が赤く染まり、陶然とした表情を浮かべる。


「……ふふっ。ねえ、思い出した?」


「何を……?」


シラーチルは、嬉しそうに目を細めた。


「そっか、まだだね。」


彼女はナイフをくるりと回し、私の手をとった。

冷たい指先が、私の手の甲を撫でる。


「リトマス、君はね——」


次の瞬間。


——ズブリ。


鈍い感触が、掌を貫いた。


「ッ!!」


悲鳴を上げる間もなく、血があふれ出す。

指の間をすり抜け、滴り落ちる鮮血。


「ほら、君の“赤”が溢れてるよ?」


痛い。痛い痛い痛い痛い痛い!!


「ふふ、大丈夫。これはね、私たちの儀式だから。」


シラーチルは私の傷口に口を寄せ、吸い込むように舌を這わせた。


——ひどく、優雅に。


「ん……やっぱり、特別な味!」


目を閉じて、甘やかに微笑む。

それは、まるで恋人を味わうような仕草だった。


「ねえ、リトマス。もう気づいてるんでしょ?」


私は、息を乱しながら、シラーチルの顔を見つめた。


彼女の唇は、私の血で美しく彩られていた。


「……何を……気づけっていうの....,」


シラーチルは、そっと耳元で囁く。


「君は、ずっと前から壊れてるんだよ?」


——その言葉に、脳が揺さぶられる。



「……違う……私は……」


「“私は”?」


シラーチルは、優しく笑う。


「ねえ、リトマス。君はさ……誰だった?」


その言葉が、脳に突き刺さる。


記憶が、ひどく曖昧だった。

まるで、霧の中を歩いているような。


「……私、は……」


「思い出せない?そっか、そっか。」


シラーチルは、くすくすと笑う。


「なら、教えてあげる。あなたは....」


その瞬間——


世界が、裏返った。

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