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「ずっと私と一緒にいよう?ずっと。」
その言葉は、深い井戸の底に落ちる石のように、私の意識の奥へと沈んでいった。
シラーチルの指先が、私の頬を撫でる。
ゆっくりと、慈しむように。
だが、その手は冷たい。
まるで血液の循環を拒んだ人形のように——死の香りすら纏っているかのように。
「シラーチル……あなたは、何?」
私の問いに、シラーチルはくすくすと笑う。
「私?……私って、何かなぁ?」
「……。」
「ねえ、リトマス。君は、自分の肉を口にしたことってある?」
「……は?」
思考が追いつかない。
問いの意味が理解できない。
「ないよねぇ。普通の人は。 でも、リトマスはどうかな?」
シラーチルの指が、私の唇をなぞる。
「試してみる?」
その言葉とともに、彼女はナイフを持ち上げた。
「……冗談でしょ?」
「冗談?」
シラーチルは、小首をかしげる。
目の奥に純粋な狂気の輝きを宿しながら。
「リトマスは、私の大切な大切な標本だからね。」
ナイフの刃先が、私の腕に触れる。
ぞくりとする感覚が走る。
——冷たい刃が、皮膚を撫でる感覚。
——赤黒い液体がじわりと滲む予感。
「ほら、見て。綺麗な色。」
シラーチルは、傷口から滴る血を指先で掬い、恍惚とした表情で舌に乗せた。
「……ッ!!」
私の鼓動が、嫌悪とも恐怖ともつかぬ感情で跳ね上がる。
シラーチルは、まるで上質なワインを味わうかのように、ゆっくりと血の味を楽しむ。
「やっぱり、君の“赤”は特別だね。」
「……やめて。」
「ん?やめるの?」
「……。」
「じゃあ、君が代わりに味わってみる?」
シラーチルは、指先に残る血を私の唇に押し当てる。
「舌を出して。」
「……。」
「リトマス、自分の味を知らないなんて、もったいないよ?」
——狂気が、私を飲み込もうとしている。
逃げられない。
逃げたくない?
私の中の“何か”が疼いている。
シラーチルは、うっとりとした目で私を見つめながら、もう一度囁いた。
「ねえ、リトマス。
“美味しい”って、どういうことだと思う?」
私は、どう答えればいい?