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——ただの人間ではない。
その言葉が、私の意識に深く沈み込む。
溶けて、染み込んで、やがて骨にまで届くような感覚。
「……何を、知ってるの?」
喉が焼けるように痛む。
問いかける声が、まるで自分のものではないようだった。
シラーチルは愉快そうに指を絡め、ゆっくりと踊るように後ずさる。
彼女の足元で、影が波紋のように広がる。
暗闇が彼女の形を曖昧にし、まるで幻想がそこに佇んでいるかのようだった。
「何を、ねえ?」
彼女はクスクスと喉を鳴らす。
「何を知らないの? そっちを聞く方が正しいんじゃない?」
私は奥歯を噛み締めた。
頭の奥で、記憶の断片が焼き付くように疼く。
カプセルの中の影。
機械的な声。
「削除だ」と言った誰か。
私は——
「ねえ、リトマス。」
シラーチルが足元の影を指でなぞる。
「君、知ってる? “人間”って、ただの積層構造よ。」
「……何?」
「例えば、皮膚を剥がせば血管が出てくるでしょう? それを剥がせば筋肉、その下には骨。ねえ、でもね、心は?」
シラーチルは瞳を細めた。
「心はどこにあるの?」
私は息を呑む。
「そんなもの、見たことないでしょ?」
彼女の声は、ひどく甘やかだった。
「心臓にある? 脳にある? それとも魂の中?」
彼女は私の肩に触れた。
「ねえ、もし——もしもよ?」
指先が滑る。ぞわりとした悪寒が走る。
「君の“心”が、“作られた”ものだったら?」
世界が揺らいだ。
ぞっとするほど静かな沈黙が降りる。
「……そんな、こと……。」
「ない?」
彼女は首を傾げる。
「なら、証明できる?」
出来るわけがない。
心がどこにあるのか、誰が証明できる?
それが本物なのか、それとも誰かが組み立てた模造品なのか。
「人は、自分が“本物”だと信じることでしか、自分を確かめられないのよ。」
シラーチルの目が、深い闇を映していた。
「でも君は、どうかしら?」
頭の奥が、悲鳴を上げる。
何かが壊れていくような感覚。
自分が自分ではなくなる恐怖。
「リトマス。」
——ああ、そうだ。
この名前だって、私のものなのか?
「君は、“作られたもの”よ。」
闇が、私の足元に絡みつく。
シラーチルは優しく囁いた。
「だから、君が“本物”になる方法は、たった一つ。」
「それはね——」
彼女はゆっくりと、私の耳元で言った。
「創造主を、殺すことよ。」