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闇が揺らめく。
まるで、生き物のように。
「リトマス、リトマス!」
シラーチルは愉快そうに言葉を転がす。
「赤になる?青になる?ふふ、どっちでもいいけど、どっちでもよくないのよ。」
私は、じっと彼女を見つめた。
その姿は確かに少女だった。
だが、その輪郭は時折、奇妙に歪む。
影が彼女の体を舐めるように蠢き、時折、手の形が流動的に変わる。
まるで、粘土細工のように。
「あなたは誰?」
再び問う。
「私はシラーチル。」
少女は笑った。
「それ以外の私は、どうでもいいでしょう?」
——違う。
そうじゃない。
彼女は“何”なのか。
それを知りたい。
「あなた、“作られた”ものね。」
ふっと、シラーチルの動きが止まる。
闇がざわめいた。
「……ふふ。」
「……ふふふふふ。」
どこかに響く、軋むような音。
笑い声が重なる。
まるで、この空間そのものが笑っているようだった。
「面白い、お嬢さん。鋭いわね。」
彼女はくるりと回る。
「そう、私は作られた。緻密に、慎重に、愉快にね!」
声が跳ねる。
その瞬間、闇が引き裂かれた。
壁に刻まれていた文様が、淡く光を放つ。
それと同時に、私の頭の奥が、ずきりと痛んだ。
(……知っている。)
この模様、この形。
脳裏に焼き付いている。
でも、どうして?
「……ああ。」
シラーチルはつまらなそうに首を傾げた。
「まだ戻らないのね、記憶。」
少女は、細い指を伸ばす。
私の額へと——
「っ——!」
その瞬間、視界が反転した。
私は、暗い部屋にいた。
無機質な光。
整然と並んだカプセルの列。
中に浮かぶ、人の形をした影。
(ここは——?)
背後で、誰かの声がする。
「これが、プロトタイプ。」
機械的な声。
「感情を持たせることで、どこまで耐久性が上がるか。興味深いですね。」
「ふむ。だが、リスクも大きい。自我が芽生えすぎれば、制御が難しくなる。」
「……その場合は?」
「削除だ。」
(……いや。)
心臓が跳ねる。
耳鳴り。
カプセルの中の影が、微かに動いた。
「……リトマス。」
呼ばれた。
私を——呼んでいる。
(誰……?)
次の瞬間、視界が弾けた。
「おかえりなさい。」
シラーチルが目の前にいた。
「どう?ちょっとは思い出せた?」
喉が、ひどく乾いていた。
「……私、は……。」
「リトマス。」
シラーチルが微笑む。
「君は、ただの人間なんかじゃない。」