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ああ、そうか。
霧の中で、何かが形を成していく。
影が揺れ、黒い塔の扉の奥から光が漏れた。
私はその光に引き寄せられるように、足を踏み出す。
「……実験プログラム、49-763……」
どこからか機械のような声が響く。冷たく、無機質で、それでいて奇妙に馴染みがある音。
「……エラー感知。修正開始。」
私の足元に絡みついていた影が、不快な音を立ててほどける。
「侵食率——予測不能。適正化プロトコル起動。」
耳鳴りがする。
いや、違う——これは記憶の断片。
誰かが私の中で、何かを上書きしようとしている。
「……やめて……!」
そう叫んだ瞬間、視界が弾けた。
気がつくと、私は別の場所に立っていた。
先ほどまでいた黒い塔は消え、そこには真っ白な空間が広がっている。
「……これは?」
どこまでも白い。
上も、下も、左右も、すべてが無機質な光で満たされている。
「ようこそ。」
背後から声がした。
振り向くと、そこには——
「……あなたは……?」
私と同じ顔をした“誰か”がいた。
けれど、それは黒い“私”とは違う。
「私は“調整者”。」
“私”は穏やかに微笑みながら言った。
「物語が逸れすぎないよう、歪みを修正する役目を持っている。」
「……物語?」
「そう。」
“私”は一歩、私の方へ近づいた。
「君は今、不要な記憶に触れた。君は“それ”を思い出すべきではなかった。」
——思い出すべきではなかった?
私は息を呑む。
「君がこれ以上、余計なものを知る前に——」
“私”は静かに手を伸ばした。
「ここで、一度リセットしようか。」
その言葉が落ちた瞬間、私の意識は強制的に闇へと沈んでいった。