24
黒い霧のような影が、じわじわと広がっていく。
ただの闇ではない。
それは、意志を持っている——まるで、私を見ているように。
「……っ!」
無意識に後ずさる。背後の空気が冷たく感じられた。
「怖い?」
隣にいる“私”が、静かに問いかける。
「……わからない。」
恐怖なのか、それとも別の感情なのか。胸の奥がざわつく。
影はゆっくりと形を変え始めた。
ぼんやりとした輪郭が、徐々に人の姿をとっていく。
「これは……」
気がつけば、目の前には無数の人影が立っていた。
黒い靄に包まれた彼らは、静かにこちらを見ている。
「あなたが忘れたもの。」
“私”はそう言った。
「……忘れたもの?」
「そう。あなたが捨ててしまった記憶、置き去りにした想い。
それらが、この城の中で形を成したもの。」
影のひとつが、ゆっくりと手を伸ばした。
私は動けない。
その手が、私の頬に触れる——その瞬間、
——記憶が流れ込んできた。
「お願い、置いていかないで!」
涙に濡れた声が響く。
「大丈夫、すぐ戻るから。」
私は笑って、手を振った。
けれど——
その約束は果たされることはなかった。
「……っ!」
息が詰まる。頭の中が混乱する。
「今のは……私の記憶?」
影たちは、また静かに佇んでいる。
彼らは——私が置き去りにした人たち?
「すべてを思い出したとき、あなたは選ばなくちゃいけない。」
“私”は、静かに言う。
「忘れたまま、何も知らなかったことにするのか——
それとも、全部受け入れて前に進むのか。」
「……私は……」
何も知らない方が楽かもしれない。
けれど、私はここに来た。
知るために。
「私は……全部、知りたい。」
その言葉を口にした瞬間——
影たちが、一斉に動き出した。