23
冷たい風が吹き抜ける。
目の前には、先ほどと変わらない黒い城。
けれど、私はもうこの場所を”知らない”とは思えなかった。
「……思い出した?」
隣に立つ彼女——もう一人の”私”が、静かに問いかける。
完全に、ではない。でも、確かに断片的な記憶が蘇っている。
「ここは……」
私は城を見上げながら、かすれた声で呟く。
「私が、戻るべき場所?」
「違うよ。」
彼女は首を振る。
「これは、“あなたが捨てた場所”。」
心臓が、ずしりと重くなる。
「捨てた……?」
「ううん、正確には”忘れた”、かな。」
彼女はゆっくりと歩を進める。私は、その背中を追いながら戸惑う。
「でも、どうして私は——」
「それを知るために、ここに戻ってきたんでしょう?」
彼女は立ち止まり、私を振り返る。
「“覚えてしまえば、元には戻れない”。」
その言葉に、私は息をのんだ。
「……どういう、こと?」
「これ以上進めば、あなたはもう”普通の自分”ではいられなくなる。」
彼女の瞳が、深い影を帯びる。
「それでも、進む?」
“普通の自分”。
その言葉が、胸の奥に刺さる。
私は……ただの日常に戻ることもできるの?
けれど——
「私は……知りたい。」
私は拳を握る。
「この場所が何なのか、私が何者なのか……全部、知りたい。」
彼女はしばらく私を見つめ、そして小さく微笑んだ。
「——なら、ついてきて。」
そう言って、城の大扉に手をかける。
重々しい音を立てて扉が開いた瞬間、
奥から、暗闇が溢れ出した。
そしてその中から——
無数の影が、ゆっくりと姿を現した。