19
鏡の中の「私」が、ゆっくりと口を開く。
——音はない。
けれど、確かに言葉が放たれたと感じた。
私の頭の奥に、直接響くような、奇妙な感覚。
「……私は、誰?」
問いかけるような、その言葉。
私の口からこぼれ落ちるのと、鏡の中の「私」が発するのが、同時だった。
「君は、私。」
「君は、誰?」
「——君は、“創られた存在”。」
「創られた……?」
喉の奥が、ひりついた。
何か、固いものを飲み込んだような感覚。
「どういう……こと?」
私は鏡に向かって、一歩踏み出した。
「まだ信じられない?」
「もう一人の私」が、静かに問いかける。
信じられない——
けれど、鏡に映る水槽の中の自分は、確かに私だった。
ぼんやりとした記憶の端が、じりじりと焼けるように疼く。
「思い出せる?」
「……わからない。」
「でも、何かがひっかかるでしょう?」
私は、ぎゅっと拳を握りしめる。
「……これが、本当に私の記憶なら……私は、何のために?」
「それを知るのが、君の役目よ。」
「役目……?」
「そう。君は“この世界に生まれるはずのなかった存在”。」
「だけど、今ここにいる。」
「君自身が、本当に存在する意味を求めるなら——」
鏡の中の「私」は、静かに手を伸ばした。
「——真実を、自分の目で確かめるの。」
次の瞬間——
鏡が砕け散った。
「——ッ!」
強烈な光が走り、私は思わず目を閉じた。
耳鳴りがする。
足元が揺れる。
まるで世界そのものが崩れ落ちるような感覚に、私は必死に踏ん張った。
そして——
目を開けると、そこは先ほどとはまったく違う景色だった。
冷たい石畳。
巨大なステンドグラスが輝く、大聖堂のような空間。
重厚な扉の前に、黒衣をまとった誰かが立っていた。
「……待っていたよ。」
低く響く声。
男——いや、違う。
その人物は、私とそっくりだった。
「また……私?」
「ようやく、ここまで来たね。」
彼は静かに微笑んだ。
「これで、“揃った”。」
「——揃った?」
「さあ、最後の選択をしよう。」
その言葉とともに、背後の扉がゆっくりと開かれる。
まるで、世界の秘密がその向こうにあるかのように——