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私は息を呑んだ。


目の前にいる「私」は、まるで鏡の中から抜け出してきたかのように、私と瓜二つだった。


けれど、決定的に違う。


彼女の瞳はどこまでも深く、夜の闇のように沈んでいた。


「……あなたは、誰?」


問いかけると、彼女は肩をすくめるように微笑んだ。


「そんなの、もうわかってるんじゃない?」


「……私?」


「そう。私は『もう一人の君』。」


彼女はゆっくりと近づいてくる。


まるで影が忍び寄るように、静かに。


「ずっと待っていたのよ。君がここまでたどり着くのを。」


「……待っていた?」


「ええ。」


彼女は私の頬にそっと手を伸ばし、指先でなぞる。


ひんやりとした感触に、思わず身を引いた。


「怖がらないで。私は、君を傷つけたりしない。」


「……なら、何のためにここに?」


「君に、本当のことを教えるためよ。」


彼女の声は穏やかで、それでいてどこか悲しげだった。


私は、ごくりと唾を飲み込む。


「……本当のこと?」


「そう。」


彼女はくるりと踵を返し、鏡の破片が散らばる床に視線を落とした。


「君は、自分が何者なのか知りたいんでしょう?」


「……うん。」


それが怖くても、知りたいと思った。


「じゃあ、教えてあげる。」


彼女はゆっくりと振り返り、まっすぐに私を見つめた。


「君は——」


言葉が紡がれる瞬間、鏡の破片が光を放った。


まるで時が巻き戻るように、砕け散った破片が空中でつながり、一枚の鏡へと戻っていく。


鏡の中に、また新たな映像が映し出された。




そこに映っていたのは、見知らぬ研究室だった。


無機質な壁、整然と並べられたガラスの容器。


そして——中央の大きな水槽の中に浮かぶ、人影。


「……え?」


それは——私だった。


白い服をまとい、無表情のまま水の中に漂う私。


研究員らしき人々が、水槽の前で何かを話している。


「——これが、最新の個体か。」


「ええ。安定して記憶の保持が可能です。適応さえ進めば、完全な統合も。」


「……実験体、なの?」


私の声は震えていた。


そんなはずはない。


私は、普通に生きてきた。


学校に通い、友達と話し、日常を過ごしてきた——


なのに。


「……そうよ。」


「もう一人の私」は、悲しげに微笑んだ。


「君は、この世界にとって『本来存在しないはずのもの』。」


「——嘘。」


「でも、確かにここにいる。考え、感じ、そして生きている。」


鏡の中の水槽の中で、私がゆっくりと目を開いた。


無機質な空間の中で、静かに瞬きをする「私」。


「これは、君がまだ思い出せていない記憶。」


「思い出せていない……?」


「ええ。君は、ある理由で記憶を封じられた。」


「理由って……」


「それを知る覚悟はある?」


彼女の瞳が、深い闇の色を宿していた。


私は、震える手を握りしめる。


知りたい。


でも——


「……覚悟、なんて、最初から決めてた。」


どんな答えが待っていたとしても。


「教えて。」


彼女は、満足そうに微笑んだ。


そして——


鏡の中の「私」が、ゆっくりと口を開いた。

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