18
私は息を呑んだ。
目の前にいる「私」は、まるで鏡の中から抜け出してきたかのように、私と瓜二つだった。
けれど、決定的に違う。
彼女の瞳はどこまでも深く、夜の闇のように沈んでいた。
「……あなたは、誰?」
問いかけると、彼女は肩をすくめるように微笑んだ。
「そんなの、もうわかってるんじゃない?」
「……私?」
「そう。私は『もう一人の君』。」
彼女はゆっくりと近づいてくる。
まるで影が忍び寄るように、静かに。
「ずっと待っていたのよ。君がここまでたどり着くのを。」
「……待っていた?」
「ええ。」
彼女は私の頬にそっと手を伸ばし、指先でなぞる。
ひんやりとした感触に、思わず身を引いた。
「怖がらないで。私は、君を傷つけたりしない。」
「……なら、何のためにここに?」
「君に、本当のことを教えるためよ。」
彼女の声は穏やかで、それでいてどこか悲しげだった。
私は、ごくりと唾を飲み込む。
「……本当のこと?」
「そう。」
彼女はくるりと踵を返し、鏡の破片が散らばる床に視線を落とした。
「君は、自分が何者なのか知りたいんでしょう?」
「……うん。」
それが怖くても、知りたいと思った。
「じゃあ、教えてあげる。」
彼女はゆっくりと振り返り、まっすぐに私を見つめた。
「君は——」
言葉が紡がれる瞬間、鏡の破片が光を放った。
まるで時が巻き戻るように、砕け散った破片が空中でつながり、一枚の鏡へと戻っていく。
鏡の中に、また新たな映像が映し出された。
そこに映っていたのは、見知らぬ研究室だった。
無機質な壁、整然と並べられたガラスの容器。
そして——中央の大きな水槽の中に浮かぶ、人影。
「……え?」
それは——私だった。
白い服をまとい、無表情のまま水の中に漂う私。
研究員らしき人々が、水槽の前で何かを話している。
「——これが、最新の個体か。」
「ええ。安定して記憶の保持が可能です。適応さえ進めば、完全な統合も。」
「……実験体、なの?」
私の声は震えていた。
そんなはずはない。
私は、普通に生きてきた。
学校に通い、友達と話し、日常を過ごしてきた——
なのに。
「……そうよ。」
「もう一人の私」は、悲しげに微笑んだ。
「君は、この世界にとって『本来存在しないはずのもの』。」
「——嘘。」
「でも、確かにここにいる。考え、感じ、そして生きている。」
鏡の中の水槽の中で、私がゆっくりと目を開いた。
無機質な空間の中で、静かに瞬きをする「私」。
「これは、君がまだ思い出せていない記憶。」
「思い出せていない……?」
「ええ。君は、ある理由で記憶を封じられた。」
「理由って……」
「それを知る覚悟はある?」
彼女の瞳が、深い闇の色を宿していた。
私は、震える手を握りしめる。
知りたい。
でも——
「……覚悟、なんて、最初から決めてた。」
どんな答えが待っていたとしても。
「教えて。」
彼女は、満足そうに微笑んだ。
そして——
鏡の中の「私」が、ゆっくりと口を開いた。