17
少年は静かに微笑んだ。
「……そう。」
まるでその答えを待っていたかのように、彼は手を伸ばす。
「じゃあ、ついてきて。」
彼が歩き出すと、広間の奥にあった扉が音もなく開いた。
そこに広がっていたのは、真っ白な廊下だった。
壁も床も天井も、すべてが白く、どこまでも続いているように見える。
私は一歩足を踏み入れた。
すると、背後の扉がふっと消えた。
まるで、最初からそこには何もなかったかのように。
「……後戻りはできない、ってこと?」
「そうだね。でも、君はもう進むって決めたんでしょう?」
「……うん。」
私は自分の胸の内を確かめるように、ぎゅっと手を握った。
真実を知りたい。
自分が何を忘れてしまったのか、本当の「私」が何なのか。
答えが怖くても、もう目を背けたくはなかった。
少年は私を見つめたまま、ゆっくりと歩き出す。
私も、その背中を追った。
どれくらい歩いたのだろう。
白い廊下は果てしなく続いているように見えたが、ふいに空気が変わった。
前方に、黒い扉が現れたのだ。
白い世界の中にぽつんと浮かぶような、その異質な扉。
「……この先に、答えがあるの?」
「あるよ。」
少年は扉の前で立ち止まり、私を振り返る。
「ただし——君がどこまで受け止められるかは、君次第だ。」
「……私は、知ると決めた。」
私は息を整え、扉に手をかける。
冷たい金属の感触。
私は一気に扉を押し開いた。
——そこは、鏡の間だった。
無数の鏡が壁一面に並び、床にも天井にも映し出されている。
まるで、どこを向いても自分がいるような錯覚に陥る。
「ここは……?」
「君自身の記憶が映る場所だよ。」
少年がそっと手を上げる。
すると、一つの鏡がゆらめき、映像が浮かび上がった。
——そこに映っていたのは、幼い私だった。
白い部屋の片隅に座り、寂しそうに膝を抱えている。
そして、その横には——
「……お母さん?」
映像の中で、私は女性の手を握っていた。
ぼんやりとした記憶の中で、彼女の顔がゆっくりと浮かび上がる。
私の記憶の中にいた、優しい目をした人——
「私……この人を知ってる。」
「うん。でも、思い出せないこともあるだろう?」
私は鏡に手を伸ばした。
指が触れた瞬間——
映像が砕け散った。
鏡の破片が宙に舞う。
同時に、強烈な頭痛が襲った。
「……っ!」
膝をつく私を、少年はじっと見つめていた。
「思い出して。君が本当に『何者』なのか。」
私は歯を食いしばり、崩れ落ちた鏡の破片を見つめた。
そして、その中に——
「……嘘。」
私が、もう一人。
黒いコートをまとい、静かに私を見つめるもう一人の「私」がいた。
「ようやく、ここまで来たね。」
彼女はそう言って、静かに微笑んだ。