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私の指先が、ゆらめく壁に触れた瞬間——


世界が弾けた。


強烈な光とともに、意識が引きずられるように過去へと沈んでいく。


——静かな雨音。


窓の外には灰色の空が広がっていた。


冷たい空気が肌を刺し、頬に涙が伝う。


「——ごめんね」


誰かの声がする。


私は顔を上げた。


そこにいたのは、優しい目をした女性だった。


肩まで伸びた髪、細い指、そして少し疲れたような微笑み。


……誰?


見覚えがある。忘れるはずのない、大切な誰か。


なのに、思い出せない。


心の奥に引っかかる何かを感じながら、私は一歩前へ踏み出した。


「あなたは——」


「大丈夫、無理に思い出さなくてもいいの。」


「……どうして?」


「思い出したら、あなたはきっと苦しむから。」


優しく微笑みながら、女性はそっと私の頬を撫でた。


その温もりに、胸が締めつけられる。


「でも、私は——」


知りたい。


思い出したい。


この人が誰なのか。


この場所がどこなのか。


私は——何を忘れてしまったのか。


「大丈夫よ」


女性はもう一度微笑んだ。


「あなたはあなたのままでいて」


そして、静かに後ずさる。


まるで、消えてしまうように。


「待って!」


私は手を伸ばした。


けれど、指が触れる前に——


世界は砕け散った。



——気がつくと、私は再び広間に立っていた。


目の前には、さっきまでの映像が映る壁。


少年が静かに私を見つめていた。


「……思い出せた?」


「……わからない」


確かに、何かを見た。


何かを感じた。


でも、それが何なのか、私にはまだ分からない。


「焦らなくていいよ」


少年は静かに言った。


「記憶は、時間とともに戻るものだから。」


「……私は、何を忘れてしまったの?」


「君がずっと抱えていた痛み——そして、本当の『君』だよ。」


少年の言葉に、胸の奥がざわめいた。


「君は、本当に“今の君”なのか?」


「……え?」


「この世界が、君にとって本当に現実なのか?」


「私は……」


言葉が詰まる。


何かが、私の中で崩れていく。


今まで信じていたものが、ぐらついていく。


私は——本当に、“私”なの?


「さあ、どうする?」


少年が私を見つめた。


「このまま、目を逸らす?」


それとも——


「真実を知る?」


私は、拳を握った。


そして——


「……私は、知りたい」


そう、答えた。

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