11 in the dark
「ようこそ。」
背後から響いた声に、私は反射的に振り向いた。
そこには、先ほどの“私”が立っていた。黒いコートをひるがえしながら、静かにこちらを見つめている。
「……ここはどこ?」
思わず問いかけると、“私”はゆっくりと片手を上げ、遠くにそびえる城を指さした。
「あそこが、君の行くべき場所だよ。」
「私の……?」
「そう。」
“私”は微かに微笑んだ。しかし、その表情には何か違和感があった。まるで、私が知らない“私”がそこにいるような——そんな感覚。
「君は、ここに呼ばれたんだ。自分の意思ではなく、誰かの手によって。」
「呼ばれた……?」
私は改めて周囲を見渡した。黒い石畳の道は、私が立っている場所から城へと続いている。それ以外に道らしい道はなく、まるで私が行くべき方向を示しているかのようだった。
「私は、帰れないの?」
「帰るためには、向こうへ行くしかない。」
“私”は、再び城を指さした。
「でも——」
「考えている時間は、あまりないよ。」
“私”の言葉と同時に、背後の空間が揺らめいた。
ゾワリ、と背筋を冷たい何かが這う。
闇の中から、無数の手のようなものが伸びてくるのが見えた。黒く、細長く、まるで影が形を持ったようなそれらは、ゆっくりと蠢きながら、こちらへと迫ってきていた。
「……何、あれ……?」
「“境界”が閉じようとしている。ここに長く留まれば、君も“向こう側”に引き込まれるよ。」
“向こう側”——その言葉の意味は分からなかったが、直感的に“行ってはいけない”と感じた。
「……行くしか、ないの?」
「そういうこと。」
“私”は肩をすくめた。そして、静かに手を差し出してくる。
「怖いなら、手を貸そうか?」
「……」
私はその手を見つめた。
この“私”は、一体何者なのか。信用していいのか。
けれど、背後に迫る闇は、確実に私を飲み込もうとしていた。
私は、覚悟を決めた。
「……分かった。」
そして、自分自身の手を取った。
その瞬間——世界が、また一度、音もなく反転する。