10
ノックの音が鳴った後、一瞬の沈黙が訪れた。
私は戸惑いながらも、ドアに近づく。こんな時間に訪ねてくる人などいるはずがない。それに、インターフォンも鳴らしていない。ドア越しに静かに耳を澄ませると、外からは何の物音もしない。ただの空耳か?
だが、次の瞬間——
コン、コン。
まただ。確かにドアが叩かれた。
深く息を吸い込み、意を決してドアノブに手をかける。そっと回すと、わずかに隙間を作るようにドアを開いた。
そこに立っていたのは——
「……え?」
目の前にいたのは、私自身だった。
黒いコートに身を包み、髪型も顔立ちも私と瓜二つの人間が、無表情のままそこに立っている。
「……やっと見つけた。」
私と同じ声が、冷たい夜気の中に響いた。
反射的にドアを閉めようとした瞬間、“私”は素早く手を伸ばし、ドアを押さえた。
「待って。話を聞いてほしい。」
「……あなたは、誰?」
「君が思っている通りの存在だよ。」
“私”は静かにそう言いながら、一歩前に踏み出す。
同時に、背後の闇がわずかに揺れた。まるで、何かがうごめいているかのように——
その瞬間、全身の毛が逆立つような寒気が背筋を走った。
「……あなたは?本当に”私”なの?」
私は震える声で問いかける。
すると”私”は、少しだけ表情を緩めた。
「……半分は、ね。」
そう言った瞬間、世界が暗転した。
まるで目の前の現実が崩れ落ちるように、意識が深い闇へと引きずり込まれる。
次に目を開けたとき、私は見知らぬ場所に立っていた。
——空が、近い。
夜空を覆う黒い雲の合間から、城の尖塔が顔を覗かせていた。
ここは、どこだ?
風が冷たく吹き抜ける中、私はただ呆然と空を見上げていた。