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 オリエンテーションの教官はドールだった。外見の特徴を一言で言うとコロポックルである。アイヌ文様の着物を着た童女が、ステージの中央に立っていた。ただ、肌は南国を思わせる褐色で、伝統的なコロポックルのイメージとは違う。


「仕事上慣れちゃいるが、また小汚ねえ豚野郎ばかり集めたもんだぜ」


 かわいらしいドールの登場でテンションが上がりまくっていたオリエンテーション参加者たちは、彼女の第一声で困惑の波に飲み込まれる。何が起こったのか、まだ飲み込めていないものが多数だった。


「いいか、愛想ふるってもらおうなんて期待するな。これは俺にとって作業、ただのルーチンワークだ。お前らはおとなしくベルトコンベアに乗ってろ。楽しいレクも、心温まる会話も、ついでに言うと終了後の質疑応答すらない。一応軽ーくサービスタイムを入れろと上司に言われてるから、それ終わったら地蔵みてーに固まっとけ」


 ドールは咳払いした。


「ふぇぇ……私のお話聞いてお兄ちゃん……」


 会場がどよめいた。


「サービスタイムは以上だ。さて、このオリエンテーションでやることは二つ、たった二つしかない。空豆以下のお前らの脳みそに上が配慮してくださったということだ。一つはフェアリーフォンのリージョンロックの解除。二つ目は王国最大のタブーについての警告だ」


 幾人かの参加者が、理解を誇示するように軽くうなずいている。おそらく何を言われるか予想がついているのだろう。


「ロックの解除を先にやると、どうせお前ら猿みたいにアプリの操作始めて話聞かなくなるだろうから、二つ目から先に片付けるぞ。タブーってのはなあ、宗教、信仰の問題だ。これだけは口酸っぱくして言っておかなきゃならん」


 教官は懐からなにかスイッチのようなものを取り出して押した。


「ドールとのあらゆる関係性の尊重」


 という文字が、ステージの後ろのスクリーンに浮かび上がる。


「関係性ってのは、兄と妹とか、姉と弟とか、母と息子とか、先輩と後輩とか、そういうのだ。たいていの場合、王国民はドールとの絆をこういう関係性で解釈してる。ここまではわかるな。それでだな。いいかよく聞けよ」


 ここで教官は間を作った。


「他人がドールとどんな関係性を結んでいようとも決して非難するな!これは王国で平和に暮らしていくために、絶対に侵してはならない掟だ!姉派もママ派も嫁派も複合タイプも、みな王国で迫害を受けることはあってはならない!」


 続いて、スクリーンに「空想的妹主義」という文字が表示された。


「そしてもう一つ。王国ではドールとの多様な絆のありかたが認められているのは今言った通りだが、妹派に対しては特別な敬意を払ってほしいということだ。そもそもこの国は妹主義者が中心になって成立した国だ。独立の英雄『12人のおにいちゃん』はいくらお前たちでも知っているだろう。この国の基幹的イデオロギーはあくまで妹主義だということは忘れないでくれ。そして何より国王陛下が妹主義者であらせられるからな」


 フェアリーフォンの画面が変わっていることに、何人かが気づいた。アップデートがすでに終わっているらしかった。


「ついさっき、リージョンロックを解除した。これでフェアリーフォンの機能はフルで使えるはずだ。あとは『王国民のしおり』でも見ればいいだろう。不具合があれば窓口で聞け。これでオリエンテーションは終わりだが、えーと、弓野ハルオ!弓野ハルオは私のところまで来るように。話がある。以上!」


 ハルオが立ち上がると、すでにアプリのチェックを始めていたダンゾーも、スマホの画面とラノロロラに交互に視線をやりながらついてきた。コロポックルの教官は、ステージのへりに座って脚を遊ばせながら見物人を追い払っている。


「弓野ハルオだな」


 段差から飛び降りたインストラクターは、きつい上目遣いでヨシオを見上げた。言葉遣いに惑わされるが、やはりドールはドールだった。思わず目を奪われる。


「入国コーディネーターのラノロロラだ。前もって知らせが行ってると思うが、あんたに色々説明するよう言われている」


 招待状に付属していた書類にそんなことが書いてあったということはヨシオも覚えていた。オリエンテーション終了後に係のものがくるということだった。


「ここじゃアレだから控室を用意してある。そちらに移動しよう。それから隣のデカブツはツレか?」


 ダンゾーは任せろとばかりに親指を立てた。ハルオはうなずく。


 ラノロロラの案内した部屋は、ほとんど最上階に近かった。南東向きの角部屋で、廃墟の向こうに函館の町が見える。


「こっちの準備が終わるまで茶でも飲んで待ってろ」


 ラノロロラはポットから急須にお湯を注ぎ、二つの湯呑みにお茶を入れるとテーブルの上に置いた。去り際に「番茶だ」と言い残して、言葉遣いの荒いドールはどこかへ行ってしまった。


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