第六章――とあるゲーム雑誌のコラム記事より
読者諸氏は『鉄壁のマリア』と言うプレイヤーをご存知だろうか? 今、主に海外のフォーラムと呼ばれる掲示板で話題を振りまいているのがそれだ。噂によると彼女は女子中高生程の日本に住む少女のプレイヤーだと言う。
今まで私はこの噂の人物について独自に調査を進めてきた。この正体不明のユーザーの姿が見えてくるに従って、色々な事が判ってきた。
今回はそんな『鉄壁のマリア』と呼ばれるユーザーについて話そうと思う。
既にご存知の方も多いとは思うが、ここで詳細を解説しよう。
彼女は正確にはフォーラム上で『アイアン・メイデン』と呼ばれている。これは本来の意味である拷問器具の『悲鳴を漏らさない』と言う仕組みに由来している。そんな殆ど会話をしない事と鉄壁の防御能力を持っている事からそう呼ばれるに至った。
では彼女、『鉄壁のマリア』とは一体どんなプレイヤーなのか。
彼女はMMORPG上で言う処の『タンク』と呼ばれるクラスに属する。いわゆるチームやパーティと呼ばれる中では地味でありながらも過酷な状況に対応する為に必須とされ、非常に重要な役目を担っている。
タンクと呼ばれる彼らは単身で目立つ事は殆ど無い。と言うのも彼らはチームあってこそ、初めてその力を最大限奮えるからだ。
アタッカーと呼ばれるクラスの様な華やかさは無く、ダメージソースとして目立つ事が無い為に彼らは軽視されがちだが、その存在無くして冒険は有り得ない。
そんな、普通ならば埋もれるだけの存在である筈の彼女が注目されたきっかけはとあるゲームの中でのレイドと呼ばれる多人数攻略コンテンツでの活躍に依る処が大きい。
このレイドボス、魔法黒竜ジルニトラを前に倒れていくメンバーの精神的な支柱として彼女は最後までその前に立ち続け、心折れて諦めそうになったメンバー達の心を奮い立たせ、最後には討伐の成功を成し遂げたのである。
先日、六月末にこのきっかけとなったレイドでのリーダーを務めたジェイク氏と連絡を取る事が出来たので、その時の会話を抜粋して掲載しよう。
ジェイク氏は実は別のゲームで相当名の知られているコアユーザーだが、今回はこのワールドでの名での表記を希望されている為、本来のユーザー名は伏せさせて頂く。
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筆者:話題の『鉄壁のマリア』なんですが、どういう少女だったんでしょうか。
ジェイク氏(以下、J氏):そうだね。彼女は先ず、いわゆるゲーマーではないね。
筆者:ゲーマーじゃない、と言いますと?
J氏:彼女の視点は我々ゲーマーとは大きく異なっているんだ。彼女はまるで、本当にその世界で生きているかの様に振る舞い、必要以上の事は口にしようとはしない。彼女は当然の事の様に、ジルニトラ……ドラゴンを蹴り倒したんだよ?(笑)
筆者:蹴り倒した、って……。(笑)それは例のコンテンツのボスですよね?
J氏:そう。どうやってそんな事をやったんだ、と尋ねると彼女は何と答えたと思う? 『鳥が飛び立つ時に踏み込むから』、そう彼女は当然の様に応えたんだ。
筆者:ゲームの世界でそう言う理由で行動する人は珍しいですね。
J氏:そうだね。ボスの前にメンバーの一人がやり方を尋ね、リザードマン相手にサンプルを我々に見せてくれたが、それを理解出来た者は一人として居なかった。私は何とか理解は出来たが、同じ事をして見せろと言われても絶対に不可能だ。
筆者:元々タンク経験者である貴方ですら無理?
J氏:私は本職から離れ過ぎた。かつてなら出来たのかも知れないが、今はもう無理だ。ウィキでは攻略情報が掲載され、研究されるがそもそも、その情報があったとしてもそれを見て気付く事が出来ないなら、それは一般的では無いし意味も無い。そもそもそう言った攻略情報とは『誰でも出せる成果』の為でしか無いんだ。理解出来ない者がそんな情報を知っても真似すら出来ないから意味がない。
筆者:日本でも新作が出る度に攻略ウィキが必ず作成されていますね。
J氏:所詮、ウィキとはユーザーが集まって考えを掲載しているに過ぎない。無知でも出来る事を全てだと考えるのは非常に危険だ。それは真実ではない。もし彼女の手法を解説したとしても大半は理解出来ないから再現も出来ない。書けば被害が必ず彼女にまで及ぶ。だから当時のメンバーは誰も書かないのさ。我々は彼女を同じ世界に生きる仲間として大切に思っているからね。ああ、そうだ……彼女はあのワールドに生きる全ての者の仲間なのさ。
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この時、ジェイク氏は他にもこのアイアン・メイデンの姿についても詳細について語ってくださったのだが、なんとこの少女は殆ど初期装備だけであったらしい。
更に恐らく、『ランダムのみで作成可能』な、キャラクタービルドで作成可能な最低年齢以下の幼い少女の姿をしている、とも推測されている。
元々このワールドはアバターが時間経過で成長していく上、子供はサイズ値というステータスの関係上タンクに向いていない為、タンクとして作成されたとは考えにくい。
実際、この時のメンバーがタンククラスについてアイアン・メイデンに賛辞を贈ったらしいが、その少女はタンクとは何かを全く理解しては居なかったと言う。
つまり彼女はタンクとしてではなく、ワールドを訪れた一人でしかなかったのだ。
他にも私は『過去のアイアン・メイデン』について知る人物との接触に成功した。
元々、そのプレイスタイルはアタッカー全盛のワールドにおいては異質極まりないプレイスタイルであり、当ワールドでの新規導入されたシステムである『スキルペット』を駆使した一風変わった戦い方であったらしい。
これはダメージ反射スキルを用いる事で『攻撃しても当てられない程上位の相手に確実にダメージをヒットさせる』と言う、『コロンブスの卵』的発想能力による物だ。
これはアタッカーには不可能な方法であり、ほぼアタッカーしか存在しないワールド内では異端中の異端であると言える。
この話を伺った際、筆者はその時の『アイアン・メイデン』のスクリーンショットを拝見したのだが、実際にジェイク氏が述べた通りの見た目であり、恐らく同一人物であるとジェイク氏からもコメントを頂いている。
これらの画像については撮影者による閲覧条件により掲載・転載が行えない為、読者諸氏には申し訳ないが筆者が確認を行ったと言う事でご了承頂きたい。
口頭のみで彼女の外観を述べるならば、以下のとおりだ。
・通常ビルドでは作成出来ない幼い少女アバターである。
・白いエプロンドレスに白いブリム(メイド風のヘッドドレス)。
・金髪のウェイブで、肩口より少し長い髪型。
・白い子猫を連れている。(スキルペット)
・装備は腕にレザー・ゴーントレットと、左腕のバックラーのみ。
更にジェイク氏の情報による内容は以下の通り。
・エプロンドレスは付けていないかもしれない。(本人が服の購入を希望していた為)
・バックラーはジェイク氏が改修を行い、最高ランクの魔法装備になっている。
・ゴーントレットはレイド前にシルバー・ゴーントレットに換装している。
・重装より華奢で装飾の施された、シルバーアクセサリ的なゴーントレット。
・シールドスキルは恐らく、最大値でありカンストしている。
・スキルペットも恐らく、親密度、スキル値がカンストしていると予想される。
・無口、言葉数が非常に少なく、強烈な俯瞰視点と観察眼を持っている。
これらの情報から、類似アバターの作成も可能ではあるが、ワールドシステムによって年齢等が変化する為、本人を偽る事は困難である事を明記しておく。
又『本物は自分から進んで本人だと主張する性格ではない』というジェイク氏の情報も掲載しておく。くれぐれも本物を騙る事はしないように注意して欲しい。
私が推測するに、恐らく本物は『自分が本物である』と言う自覚すらしていない。
更に他ゲームでも『鉄壁のマリア』を騙るユーザーが現れている、と言う情報があるが、これらについては筆者が確認する限り、全てが偽者だと判断している。
そもそも本物は『Maria』と言うだけのシンプルな名前であり、称号等は一切付けておらず、ギルドやクランと言った組織にも所属していない事が確認済みだ。
フォーラムでは更に、レイドボスを前にしてタンククラスが一人だけで立ち続ける事は不可能ではないか、と言う推測が浮上しており、運営公式に対してチート行為、つまりデータ改ざん等による違反行為があるのでは無いか、と問い合わせが行われた。
当編集部名義で問い合わせた処、公式側の返答は以下の通り。
『ゲームシステムとしてタンククラスが本領を発揮した場合、現在の流行であるアタッカーとは本質的に異なっている為に充分に可能であると言える。
冒険者ランクと言う単純な数値の高さだけで判断するユーザーが多いが、それは我々が意図した物からは大きくかけ離れている。
その意味を理解した時、更なる世界が目の前に広がるだろう』
これらの情報は当編集部だけでなく、既に公式FAQに於いても発表されている。
更に、件の『アイアン・メイデン』についても問い合わせたが、こちらについては運営方針のプライバシーポリシーに抵触する為、回答を得る事は出来なかった。
ただこれについては元々フォーラム上で指摘されていた事で、『マリア』と言う名前は聖母マリアを由来としたメジャー過ぎる名前である為、同名のキャラクターが多すぎて個人特定自体が不可能であると筆者も考えている。
同時にこの『アイアン・メイデン』の話題が出てから同様の名称を名付け、同様にタンククラスを目指すユーザーが増えた為に、例え今後オリジナルユーザーが現れたとしてもその確証を得る事自体が不可能だと言える。
かのアイアン・メイデン、日本語で言う処の『鉄壁のマリア』とは既に伝説クラスの人物像となっている上、ワールド特有の『成長していくアバター』の要素が絡んでいる為に、本物を主張する事も本物を確認する方法も既に存在していない。
鉄壁のマリアとは、本当の意味で『伝説』となったユーザーである。
いや、『なってしまった』と言うべきかもしれない。
少なくとも彼女はなろうとしてなった人間では無い。それだけは確実だ。
偽物の存在についても、それだけ大勢の人間に影響を与えたと考えれば、彼女の功績は『不遇なタンククラスにスポットを当てる』というきっかけとなったと言える。
地味かつ目立たない、そんなクラスを実際にやってみて、タンクと言うクラスの重要さや面白さに目覚めたと言う人もかなり多くいると耳にしている。
もし貴方が彼女と会いたいと言うのであれば、参加して見る事をお勧めする。
彼女だけでなく既に著名な人物や未来の英雄達が割拠しているからだ。
同じ空間、同じ時間を彼らと共に生きる……それだけでも充分に楽しめる事だろう。
伝説とはなろうとしてなる存在ではない。
偶然と運、何よりも本人の人柄や生き方を他人から見て決められる存在だ。
もしかすると貴方の隣にいる誰かが、伝説の主であるのかも知れない。
※取材にご協力して下さった皆様に、厚く御礼申し上げます。
(文責・橋本祥子)