表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第五章――二人のマリア(後編)


 男の子はナイフを両手にもって、じわり、じわり、と近付いてきます。


 大変、もしKatieが怪我でもしたら私は凄く嫌です。とにかく、今もまだ低く唸ったままの私の妹をこっちに呼び寄せようと思いました。

 Katie(ケイティ)を呼ぼうとして、『Katie』、と名前をチャットで呼びました。いつもならそれですぐ私の処に飛んで来る筈なのに、その時のKatie(ケイティ)は違いました。


Meow(みゃお)!!』


 そうやってKatieが勇ましく鳴くと、画面の中で私の回りに青い光が集まり始めます。それと同時に私に向かって、男の子がナイフを突き出してきました。その時、チャットのログに一言、メッセージが流れたのです。


『Katie Defended you. ( Refrection Damage 15% )』

(ケイティはあなたをまもりました。《反射ダメージ15%》)


 Katie(ケイティ)が……私を守った?

 え、これってどういう事です?

 訳が判らずパニックの私に、男の子は何度も何度もナイフを振り回してきます。その度、同じメッセージが何度も何度もチャットの上を流れます。

 こんなに怖いのに、周囲の人達は何故か、誰も私を助けてくれようとはしません。大きな人達が光の輪っかの辺りで、こちらを見て何かを話しているだけです。

 怖い。怖いです……すごく、怖い。


 やがて、動けない私の身体の回りから青い光が消えました。それでも男の子はナイフを私に何度も突き出してきます。画面の回りに赤い血管みたいな模様が浮かびあがり始めます。だけど……私はどうすればいいのか分かりません。訳も分からず、私は震えているだけ――そんな時でした。


 画面の左側から突然、凄い勢いで何かが飛び込んできたのです。

 白いエプロンドレスのスカートが翻って、私の前でふわっと広がります。地面についた足元に、同じ様に白い子猫が音も無く着地しました。動けないままの私の前で、蜂蜜の様な波打つ金色がなびきます。立ち尽くす私の前に、私より小さな女の子の背中が見えました。

 その向こう側で、さっきの男の子が倒れてジタバタしています。


「Berry, Sorry I made you wait......All right?」

(ベリー、おまたせ……大丈夫?)


 彼女――ハニーちゃんは私に背中を向けたまま。最初に出会った時と同じ調子で短くそれだけ言います。そのままハニーちゃんはやっと起き上がった男の子の方にゆっくりと歩いていきました。


「NO FAIR!!」

(卑怯だぞ!!)


 男の子はそう喚いて、今度はハニーちゃんに向かってナイフを振り回します。だけど、ハニーちゃんの左手に持ったトレイが軽く振られて。

 ぱぁん!

 そんな軽い音が響きました。その瞬間、彼女の周囲にはグリーンの光の粒がキラキラと舞って、散っていきます。

 対する男の子の頭の上では、ひよこがステップを踏んでダンスを踊っていました。

 けれどハニーちゃんは前に進むのを止めません。そのまま男の子に近付くと、今度は左足でキック。それで男の子の身体が勢いよく宙を舞って、光の輪っかの方へと飛んでいきました。


 丁度、輪っかの辺りにはファンタジーの戦士みたいな格好の男の人が立っていました。その人が倒れている男の子に向かって笑いながら言います。


「haha,brat, You should opponent knew that belong to the team when you apply.」

(ははっ、小僧。お前、申請する時に相手がチームだって分かってただろうに)


 結局男の子は光の輪の外まで飛ばされて、私の画面の上には文字が表示されました。


『Your Team Win.』

(あなたのチームの勝利です)



 全てが終わった後。

 最初にいた樹の下で、私はハニーちゃんと二人、向かい合って座っていました。二人の髪がそよ風に揺れています。勿論、Charles(シャルル) Perrault(ペロー)Katie(ケイティ)も一緒。私たちのすぐそばで、二匹仲良く寝そべっています。

 こうしていると、さっきあった怖い事がまるで嘘だったみたいでした。


 あの男の子は、私が誰かとチームになっている事を知っていたそうです。それでも私に勝負の申し込みをしてきた……と言う事でした。だからあのファンタジーの男の人は『自業自得だ』と男の子に言ったのでしょう。

 ハニーちゃんが、全部終わった後で少しずつ、私に教えてくれました。


「We was really good to have a team. If not I could not help you.」

(チームになっていて本当に良かったわ。じゃないと助けられなかったもの)


 ハニーちゃんはそう言いますが、私にはそれがよく分かりません。私がゲームに入って、ハニーちゃんとチームになろうとボタンを押していたから? 彼女が言うにはそうじゃないと途中で私を助けられなかったそうです。

 ハニーちゃんは『本当によかったわ』と繰り返し言いました。ハニーちゃんから見て、相手の男の子は真っ赤な名前になっていたそうです。これは、街の外にいる怖いモンスターと同じ。襲ってくる相手は名前が赤いそうです。

 私はもう少しでやられちゃう処だったそうです。

 やられちゃう……つまり、『殺される』。それを聞いた時、私は震え上がりました。


 結局、これはゲームでしかありません。本当は痛い筈なのに、画面の前にいる私にはそれが分かりません。

 だけどもし死んじゃったり……Katie(ケイティ)が、死んでしまったら……それを考えると身体は痛くなくても胸の中がきゅっとなって、苦しくて悲しいです。

 今日は……本当にいろんな事がありすぎて、すごく疲れてしまいました。


 あんなに綺麗で、すてきだと思えていた世界。その時、私には……それが急に怖い場所に思えてきたのです。

 目の前にいるハニーちゃんやKatie(ケイティ)。それに……綺麗に見える町並みが薄っぺらい、知らない物に見えていました。


 本当の私はこの画面の中、『この世界』にはいません。あんなに『ここに住めたらいいな』って思っていたのがまるで嘘みたいです。きっと私はこの時、『もうここにいたくない』と思っていたんでしょう……だけど私はハニーちゃんに、最後に一つだけ聞いてみました。


 このゲームが怖くて、どんなに嫌いになったとしても。それだけは絶対に知りたかったから。

 分からないままでさよならするのは簡単です。だけどきっと……私はまた嫌な気持ちになっちゃうと思ったから。

 あの時の……本物の子猫を拾ってきた時みたいに。


 男の子がやってきた時、私はKatie(ケイティ)を守りたくて名前を呼びました。だけどKatie(ケイティ)は私のところに来てくれなくて、勇ましく鳴きました。その後の……『Katie(ケイティ)が私を守った』っていう、メッセージ。


 ……ねえ、ハニーちゃん。どうしてあの時、Katie(ケイティ)は……私のところに来てくれなかったのかな?

 ハニーちゃんは私の疑問にすぐ答えてくれません。ただ黙って、少し考えているみたいでした。

 もしかしたら私は、一緒に遊べるとしても……このゲームをやりたく無いのかも知れません。

 だって、怖いから。こんな思いをしたくないから。

 どうすればいいのか分からず、迷っていると……ハニーちゃんが私に言いました。


「......Katie likes Berry......So surely, Katie was trying to protect Berry.」

(……ケイティはベリーが好きだもの……きっと、ケイティはベリーを守ろうとしたのね)


――Katie(ケイティ)が……私の事を好きだから……。

 ……きっと、私の事を……守り、たかった――。


 そんな文字が画面に出てきた時、私の目からぽろぽろ涙が出てきました。私は両手の掌を目にあてて、だけど涙が次々に出てきて画面を見れません。


 ……大分前に、小さな子猫を拾ってきた時の事。私はその時の事を思い出していました。

 凄く小さくて、目に眼脂(めやに)が一杯ついていて。誰かが守ってあげなくちゃそのまま死んでしまいそうな、そんな小さくて可愛い子猫。

 手とか腕が痒くて真っ赤になって。それでも我慢して抱いて家に帰ったらマミーに凄く叱られて。だけどマミーはウォッシュクロスで子猫の目元を綺麗に拭いてくれました。

 あの子があの後どうなったのか、私は知りません。聞きもしませんでした。

 何故か分かりません。だけどそんな事が私の頭の中で、ぐるぐる、ぐるぐると回り続けています。

 その事を思い出すと、胸がとても苦しくて。私はどうすればいいのか、分かりませんでした。


「Oh yeah, I was going to buy this.」

(ああ、そうそう。私これを買いに行ってたの)


 そう言ってハニーちゃんは画面の中で、私の膝の上に小さな餌の袋を置きました。

 画面の中のもう一人の私は樹にもたれて目を閉じています。少し俯いていて、まるで眠っているみたいです。

 いつの間にかKatie(ケイティ)が私の膝の上に乗っていて、丸くなって眠っていました。



 今日は土曜日の十九時前。

 いつもならマミーとお茶を飲んだりお話したりする時間ですが、今日は違います。最近は一緒にゲームを始める時間になって来ていますけれど、それも勿論違います。

 マミーに教えて貰って、テレビ電話のソフトにメールをセットしました。ゲームの登録に使ったアドレスをそのまま使っていて、それはもう伝えてあります。

 マミーは『スクールのお友達を一緒に見てみたい』と言いました。だけど私は断りました。

『お友達とお話するのにマミーが一緒だと笑われちゃいます』と言って。私は……生まれて初めて嘘をつきました。

 ごめんなさいマミー。私には、スクールでそんなお友達は一人もいません。私はずっとひとりぼっちです。


 電話用のヘッドセットも準備オッケーです。髪をブラッシングもしたし、あとは掛かって来てくれるのを待つだけです。

 PCの時計が十九時を表示して、二十秒程過ぎた頃でしょうか。コール音が鳴って、画面の下でソフトのマークがぴこぴこと飛び跳ねます。どきどきしながら、ソフトのマークを押してRecieveのボタンを押しました。


 画面の中には、信じられない世界が写っていました。

 キラキラとした光の中。今は夜の筈なのに……まるで朝の光の中にいるみたい。うっすらピンクに見える、淡い髪の毛のお姉さんが恥ずかしそうにしています。

 肩より少しだけ長く見える、細い細い髪の毛。黒っぽく見えるけど、少しだけ青い瞳。そんな人が、画面の中で私を見つめていました。

 すごい、きれい……まるでファンタジーの、フェアリーテールのお姫様みたい。私より年上の筈なのに、まるで小さな子みたいにも見えます。

 お話したい事がたくさんあった筈なのに。そんな画面を見て、私の頭の中からは全部どこかに行ってしまいました。ただ、声が出せないまま。口を開けたまま、何度も何度もまばたきして見つめます。すると画面の中で、お姉さんがぎこちない笑顔で口を開きました。


「Hello......Well......Berry?」

(こんにちは……えっと……ベリーちゃん?)


――Berry……あっ、それは私です!

 特別な名前で呼ばれて私ははっ(●●)としました。私の事を『Berry』と呼んでくれる人。そんなの、ゲームでも本当の世界でもたった一人しかいません。

 私はおそるおそる、『蜂蜜(ハニー)ちゃん』のお名前を呼びました。



 私がこのゲームを始めてからもう一週間。ハニーちゃんと知り合ってから一週間です。

 私は思い切って、ハニーちゃんにお話する事にしました。私はゲームの中だけじゃなくて、本当にハニーちゃんとお話してみたかったのです。そんなお願いは叶う事になりました。


 私はあの後結局、ゲームをやめる事をしませんでした。

 あの時は本当にこのゲームが……この世界が怖いと思いました。だけどそれ以上にこのままお別れしてしまう事の方が、もっと怖い事だと思いました。

 そうやってお別れしてしまえば、きっともう取り返しがつかなくなります。そうするのはとても簡単で、だけどずっと怖い事だと思ったんです。


 それから私は毎日、この広場にやってきてハニーちゃんと必ず会ってお話しています。もちろん、Charles(シャルル) Perrault(ペロー)Katie(ケイティ)もいつも一緒です。

 他の子と違って、Charles(シャルル) Perrault(ペロー)Katie(ケイティ)は一緒にいるとじゃれ合います。私とハニーちゃんがお友達で登録してあるから、なのかも知れません。

 きっと私達がお友達でいる限り、Charles(シャルル) Perrault(ペロー)Katie(ケイティ)もお友達なのです。


 ある時、私がそんな事をお話するとハニーちゃんは考え込んでしまいました。


「But......like that experience, do you not scared?」

(だけど……あんな事があったのに、怖くないの?)


 金髪の彼女はそう言って、私に聞いてきました。

 確かにあんな事があってすごく怖いと思いました。だけど……だけどね、ハニーちゃん。怖いことも確かにあったけど、でもそれよりもっと楽しくて素敵な事もあったんです。

 きっとそれを失くしちゃうのは、もっと怖い事だから。それはきっと、本当の世界……画面の外の世界でも同じだと思います。


 それにこうやって、大好きなハニーちゃんや大好きなKatie(ケイティ)といつも一緒です。どんな事があったとしても、きっとこうして一緒に笑ってお話する事が出来ます。

 辛くて、悲しくて、怖い処だったとしても。こうして笑って一緒にいられるお友達がいれば、きっと大丈夫。

 私がそう答えると、ハニーちゃんは短く尋ねてきました。


「......Are we friends?」

(……わたしたちは……おともだち?)


 私はただのお友達じゃありません。ハニーちゃんの事はそれ以上の親友だと思っています。そう答えると、ハニーちゃんはしばらく動きませんでした。

 しばらくしてからやっぱり短く、彼女は言いました。


「Thank you......I am happy......」

(ありがとう……わたし、ハッピーよ……)


 それからも私たちはいろんな事をずっとお話ししました。最近はいつも、三十分ほどするとハニーちゃんはログアウトします。けれど、それでもいつもこの世界にやってきてお話出来ます。

 いろんな事をたくさん、たくさんお話出来て、私はとってもハッピーです。



 あれから、あの世界で何度も会ってお話した様に。私とハニーちゃんは何度もテレビ電話でお話して、もっと仲良しになりました。

 ハニーちゃんは本当のお名前をMarie(マリー)ちゃんと言うそうです。『Maria(マリア)ちゃん』と『Honey(ハニー)ちゃん』をミックスしたみたい。とってもよく似たお名前でした。

 Marie(マリー)ちゃん……ハニーちゃんは驚いた事に、Japanで暮らしているお姉さんでした。ロー・セカンダリ(中学校)に通っている、年上のお姉さんです。


 Japan(にほん)Kansas(カンザス)では時差が十五時間もあるそうです。私が今、生きているこの時間よりも、十五時間も先の未来を生きているのです。そう思うと同じ世界の筈なのに、まるで違う世界のお話みたい。

 だけどこれは本当の本当。こうやって、ちゃんとお話したり出来るんですから。もしかしたらあのゲームの世界だって、本当にあるのかも知れませんね。


 私はテレビ電話でInformal Summer Kimono……『ユカタ』が届いた事のお礼を言いました。Japanでは夏の暑い時に来る涼しい服で、深いグリーンで白い花柄の綺麗な色でした。

 一緒に綺麗なサンダルと、真っ赤な紙で出来た太陽を遮る為の『ヒガサ』と言う物も入っていました。最初にマミーが届いた荷物を開けた時、もの凄く驚いていました。

 まさかゲームの中でお友達になった子からそんな物が届くだなんて思ってもいなかったんでしょうね。私もそんな事があるだなんて、思った事もありませんでした。とっても嬉しいサプライズです。


 ハニーちゃんはロー・セカンダリに、スクールに通う様になってすぐクラスメートの子に悪口を言われているのを聞いてしまって、怖くて通えなくなったそうです。

 だけど今ではちゃんと通っていて、いつもスクールへ行く前に私とあの世界でお話をしています。

 私がスクールから帰ってきた後に、逆にスクールに出掛けるなんて……本当に凄いですよね。


 今日みたいな土曜日になるとゲームではなくて、毎週必ずテレビ電話でお話します。今度、ハニーちゃんのダディ、マミーと三人で、カンザスまで遊びに来るそうです。

 私に会いに……私と会う為に。


 カンザスはサンフラワー(ひまわり)がとっても有名なところです。それに子供が遊びに行ける処だって沢山あります。イベントとかも一杯あって、今から一緒に行ける事が楽しみで仕方ありません。その時には私のダディも必ず、絶対に帰宅する、と言っていました。

 今までは夏になると少し憂鬱でしたけれど、今年は違ってワクワクします。


 そうそう、そう言えば!

 前に私が拾って来た子猫の事ですけれど。今もダディのお友達が飼ってくれているそうです。

 もうずいぶん大きくなっているそうで、六月末からの夏休みで会いに行くつもりです。今からそれがとても楽しみでしかたありません。


 私は今……最高に、ハッピーです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
”script?guid=on”
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ