第四章――バトルスミスの英断(後編)
炎の巨人の巨大な腕が振り上がり、そのまま私達の集団目掛けて降ろされる。それが激突する瞬間。
パァン!!
そんないい音が鳴り回復の光が少女の周囲で舞った。
その拳の先では小さな少女が小さなシールド、バックラーだけで受け止めている。実際にその光景を見て大勢の参加者が言葉を失う。これは予想以上だと私はほくそ笑んだ。
当初、Raidに参加した他のユーザー達の少女に対する反応は決して芳しくはなかった。
少女の冒険者ランクは三十四。当初私がメンバー達に提示した条件よりも二十六も低い。
シールドスキルが冒険者ランクを下げると言う要素を知る者は少ない。その理由なんて決まっている。なんせ殆ど全員がアタッカーなのだから。
しかし通路を進んでいく毎に襲ってくるモンスターのターゲットは必ず少女に向かう。誰がどんなに強力な攻撃を叩きこもうとモンスターは少女を狙う事を辞めようとしなかった。
最初の内は失敗してダメージを受ける事も多かった。しかし慣れるに従って少女のシールディング、防御操作は的確かつ確実にモンスターからの攻撃を受け止める様になっていった。
少女は話し掛けられても何も応えずにただ黙々と防御だけに専念している。
「Hey,Jake……なんだあの子、凄ェんだけど……秘蔵っ子か何かか?」
驚いた感じでサブリーダー――Raidの提案をしてきた奴が声を掛けてくる。私はただ笑うだけでそんな少女の小さな背中を見つめていた。
少女は殆ど何も話さない。ただ黙って私達の先頭集団に付いてくるだけだ。やがて誰かが言い出した。
「鋼鉄の少女、無口でまさに『アイアン・メイデン』だな」
アイアン・メイデンと言うのは拷問や処刑に使われたという伝承の器具だ。聖母マリアを模した外見で中に棘がついていて入れられた者を殺す。勿論現物は一切無く、確かどれも模造品で実際に存在したかどうかも判らない物だ。
そもそも聖書に携わる聖女マリアを模した物を処刑の道具に使う事は有り得ない。だからあくまでファンタジーや空想物語に出てくるだけのギミックだ。但しそれは中に入れられた者の悲鳴を一切外部に漏らさない仕組みだと言う。
しかし……実に上手いことを言う。
少女の名は『Maria』。まさにその名の通り。聖母、聖女の名前と同じじゃあないか。
そうやって進んでいく内に誰もが少女を認める様になっていった。あんな光景を何度も目にした後で疑える奴なんている筈がない。
少女はメンバーとモンスターの注目を一身に集めながらひたすら耐えて進み続けるだけだ。
言葉ではない。その行動と結果だけが彼らの信用を見事勝ち取ったのだ。
「Hey Maria。どうすればそんなにうまくガード出来るんだい?」
何度目かの休憩の時、そんな事をメンバーの一人のSiegが尋ねた。最初どう応えていいのか迷っていた様だが少女が少しだけ口を開く。
「well......あの大きなトカゲ」
少女の視線の先には雑魚のリザードマンがいる。メジャーなモンスターで各地に数多く生息している。流石にあの程度にやられる奴はここには誰一人としていない。
「……右足を出して、体重が乗った時……防御」
短くそれだけ少女は言うと実際にやってみせる。だがそれを見て聞いていた誰もが首を傾げた。
「いや……体重が乗る時? って、それはどうやって分かるんだ?」
Siegが傍で凝視しているがそれでも分からないらしい。遠目に見ていてもある程度慣れている私ですら分からない。
いや……よくみるとリザードマンの身体の中心のラインが僅かに前に偏る様に見える。モーションとしては確かに『踏み込んでいる』様には見えない事もない。そのタイミングを『体重が掛かる』と恐らく表現しているのだろう。
そんな少女の説明に興味を持った奴らが集まりはじめてそれぞれ試し始めた。
勿論シールドスキルが無いから武器による弾き返しスキルで、だが。それでも誰も理解すら出来ない様だった。
私は少女の傍に行くと楽しいかどうかを尋ねてみた。しかし少女は微妙な反応だ。
少女の傍で白い子猫がにゃあ、と鳴いて耳を後ろ足で掻いているのが見える。そのまま少女はしゃがみ込んでペットに餌をやりながら私の問いに応えた。
「I do not know......but I fear them a bit」
(わかりません……だけどちょっぴり怖いです)
ふむ……『少し怖い』、か。しかしその『恐れ』こそがきっと今まで少女が生き残ってこれた最大の原動力なのだろう。
誰だって痛いのは怖い。ゲームであってもそれは等しく同じだ。その恐怖に立ち向かい痛くない様にするには良く見るしかない。
きっとこの少女にとって戦う事、生き残る事は『身を守る』事だったのだろう。でなければあれほどのシールディングスキルが身につく筈がない。恐らく……単なるアタッカーではそう言った観察眼は身につく事は無いからだ。
……そして数分後。防御のやり方に興味を持ちながらも結局。誰一人として『体重が掛かる』事を理解出来た者はいなかった。
*
進撃と休憩を交互に繰り返しながら我々はとうとうダンジョンの最深部、ホールへと辿り着いた。先行して偵察に出ていた斥候役のプレイヤーが短く呟く。
「いた……Zirnitraだ……」
ジルニトラと言うのはボス・ドラゴンの名前だ。このダンジョンの奥に住むと言われるRaidターゲットのボスだ。いわゆる『魔法竜』と呼ばれるボス・ドラゴンで特に魔法への耐性が半端ない。
しかしドロップする装備は生産では作れない様な特殊なレジスト、抵抗関連の効果がつく事があって大抵はそんな装備を求めてやってくるRaidチームが殆どだ。
初級向けとは言われるが実際それ程弱くはない。単にボスルームに到達するまでが比較的楽と言うだけであってボス自体の強さは他のダンジョンとさほど変わらない。むしろ魔法の抵抗力が高い為に他のRaidボスよりも困難だと言われる程だ。
ドロップする装備自体は大したランクでは無いが何よりもマジックスクロールをドロップし、そのスクロールは魔法使い達にとっては垂涎の的となっている。基本的に竜語魔法はRaidボスからのドロップだけで他に入手する手段がない為だ。
普通こういったRaidダンジョンの攻略はギルド組織がほぼ独占していて私達の様なフリーランス、いわゆる『野良』が挑戦する事は殆ど無い。そう言った意味でも今回の挑戦は非常に意義のある事だった。
少し休憩をして全員がコンディションを整える。
「さあて、それじゃあ皆、気合いれて行ってみようか。Get set Ready, Guys?(準備はいいか、お前ら?)」
サブリーダーが声を出していうと全員が各々に声を出して返答をする。
私はMariaに近寄って『もし余裕があればキックとシールドバッシュをもっと活用してモンスターの行動を妨害して見る様に』と助言をしてみた。
最初Mariaは私の言葉の意味がよく判らなかった様だ。しかし今はまだそれでも構わない。使う事が出来る様になれば恐らく……この戦いの中で使うだけでスキルが劇的に上昇していく筈だ。なにせ相手はRaidのボスであるドラゴン、最強のモンスターなのだから。
今はまだ受け身で防御するだけでも構わない。しかしこれより先に進んでいく為には必ず相手の行動を逆に抑制しコントロール出来るだけの技術が必要となってくる。
それが出来る様になれば恐らくMariaはもう一つ上のステップに進む事が出来るだろう。
出来る事しかしないのではなく出来る事は何でもする。この手のネットゲームで上達出来る唯一の方法はそれしか無いのだから。
全員が配置についた。主力メンバーは中央から攻撃し左右に配置した遊撃隊が全力攻撃を行う。Mariaは当然、中央の最前線だ。
唯一のタンクである少女は最も危険なポジションとなる。もし失敗したとしてもそれで得られる事があるのなら一向に構わない。それにこうやって他のプレイヤーと一緒になって戦う事で学べる事は山ほどある。
……その時までは、私はそう漠然と思っていた。
*
サブリーダーのカウントダウンがゼロを告げた瞬間。
準備していた冒険者達が一斉に黒いドラゴンに向かって突撃して各々の持つ武器や魔法を繰り出し襲いかかった。
恐ろしい咆哮が洞窟のホールの中に響き渡る。それでも誰一人怯む事無くそのまま戦端は切り開かれた。
ドラゴン……ジルニトラは先ず周囲に対して首を大きく振って獲物全体を見渡す。その直後その頭が少女Mariaへと吸い込まれる様にまっすぐに向いた。
周囲は全員が冒険者ランク六十を超える中、唯一のランク三十台だ。二十ランク以上の差は当然その分モンスターに対する挑発として一瞬で蓄積する。案の定ジルニトラは脇目も振らずMariaだけを追い掛けようとした。
襲い来る牙と爪。しかしMariaはシールディングで弾き返す。その正面からスイッチして他のメンバー達が攻撃を繰り出していく。
私も両手持ちのハンマーを振り上げて雄叫びを上げて殴り掛かった。がん、と言う大きな音が鳴り響いて打撃による火花が飛び散る。
ハンマー等の鈍器は他のスラッシュ系の武器と違って硬いウロコに阻まれる事が無い。その分貫通ダメージとして内部に対して防御無視ダメージを与える事が出来るのだ。
更に私だけでなく大勢のメンバーによる攻撃が凄まじい量となり襲い掛かる。黒いドラゴンのウロコの上に幾多ものダメージエフェクトが発生した。
「左右の爪の後、尻尾が来るぞ!! 全員、警戒しろ!!」
サブリーダーの声が全員に届く。
こう言うRaidボスの行動パターンはある程度調査されて大勢に研究されている。公式がそう言った情報を流す事は無いがユーザー同士で集まって情報交換がされている。その情報はこう言う時にフル活用される。
サブリーダーの言葉通り、ジルニトラは左右の爪でMariaに攻撃を仕掛けた。だが前もって分かる攻撃なんて対策さえしていれば対応は簡単な物だ。Mariaはそれを綺麗に防御して見せた。
直後、ドラゴンが巨大な身体を翻し巨大な尾っぽを周囲全てに対して浴びせ掛ける。もし普通にその攻撃を受ければ転倒してしまう事必至だ。
何人かが操作ミスからか、その攻撃を受けて弾き飛ばされて転倒する。そんな中Mariaは尻尾が当たる瞬間バックラーを構えた。
パァン!!
そんないい音が鳴り響く。それと同時に少女の小さな身体が空中へと浮き上がる。小さい身体はサイズ値が低い為に攻撃ダメージに対してこういう時にかなり不利だ。
超過分ダメージは貫通こそしないものの、その小さな身体を多少なりとも吹き飛ばす。しかしそれでもMariaは僅かに吹き飛んだ後で綺麗に地面の上へと着地した。
本当に良い目を持っている。指示もちゃんと聞き漏らしていない。何よりも突発的な事が発生しても慌てずに素直に対処するだけの柔軟性を持っている。
恐らくここまでの道中で巨大な敵と戦った事が功を奏したのだろう。最初は相手の巨大さに手こずっていた。しかしその甲斐あってジルニトラを相手にする良い練習になった様だ。
「回復と立て直し、急げ!!」
転倒の状態異常解除と回復魔法のエフェクトが倒れたプレイヤー達へと降り注ぐ。その間もジルニトラは執拗にMariaを標的として真っ直ぐ向かったままだ。
しかし……やはり問題なのはArea on Effects。要するに『範囲攻撃』だ。
幾らMariaが何とか防御に成功してもそれが周囲のメンバー達を守る事は無い。それに巻き込まれてしまえばターゲットとなっていなくても大ダメージを受ける。そうなれば……下手に範囲内に残されてしまった者は死亡を免れられない。
特にアタッカー偏重の構成ではやはり防御に心許ないのは事実だ。何よりタンクであるMariaがもし倒れてしまえばもう受け止められる者がいない。そうなれば崩壊まではあっという間だろう。
防御手段が無いアタッカーはジルニトラの強力な一撃に耐えられないのだ。もし転倒した処へ更に範囲攻撃が重なればWipe……全滅だって充分あり得る。それについてはサブリーダーも思い至っていた様だった。
「ターゲットはMariaに任せて、全員出来る限り側面と背中を狙え!!」
即座にそんな指示が飛び交いメンバー達がジルニトラの側面から背後へ回り込み始めた。
今、ジルニトラの正面に居るのはMariaたった一人きり。その恐ろしいまでのプレッシャーを小さな少女アバターが単身引き付け続けてくれている。
その隙に他の全員が一斉に攻撃を次から次へと叩き込み続けた。その巨体が輝くエフェクトに包まれ続ける。
――これは……このまま行けば楽に、巧く倒せるかも知れない――。
誰もがそんな考えを持った時だった。
*
ジルニトラの、黒いドラゴンのライフゲージが五〇%を切った時にそれは起こった。
Raidでのボスは通常のMobs――『群れ』と呼ばれるモンスターとは違って特殊な行動を取る事がある。それは毎回決まった行動ではない。本当に突発的な特殊行動だ。そう言った行動に対して適切な対処を取る事が要求される。だがMariaのお陰もあって安定していた事で全員の気が緩んでしまっていたのだろう。
突然ジルニトラの黒い巨体が浮き上がり視界から上に向かって消える。巨体に阻まれて見えなかった筈のメンバーの姿が一望出来る。
当然、単身攻撃を受け止めていた筈のMariaの姿までもが見える。そんなMariaのアバターがじっと上を向いているのが見えた。
――これは、不味い!!
同じ様に気付いたサブリーダーがシャウトで叫んだ。
「ESCAPE!! *ALL EVACUATION!!*」
(離脱しろ!! 全員、緊急退避だ!!)
刹那、チャットログに『全員、緊急退避』と言う血の様な赤い指示が流れる。しかし……それは余りにも遅すぎたのだ。
その指示はジルニトラの姿が消えた事に気付いた後では既に遅かった。一拍の空白を置いた後では誰も対処する事が出来なかったのだ。
直後、ジルニトラの浮き上がった黒い巨体が上空から地面へと激突する。その衝撃波エフェクトは地面を伝って僅かに離れていたキャスターやヒーラーを巻き込む。先ずその強烈な一撃を受けてキャスターとヒーラーの上にDead表示が浮かんだ。
反射神経の良いユーザー数人がジャンプで衝撃波をなんとか回避する。だが引っ掛けた麻痺のエフェクトを受けて一切の移動が出来なくなる。反応出来ずに衝撃波を直接受けてしまった近接アタッカー達は全員この時点で既に瀕死だ。
そしてそのままジルニトラはMariaの立っていた方向に向かい左右の爪攻撃を行う。
――駄目だ、このパターンは。
その直後……ジルニトラの巨大な尻尾が周囲に対して薙ぎ払う様に襲いかかった。
*
このワールドでは命を落とした場合、即座にセーフティポイントへと移動させられる。蘇生魔法もあるにはあるがそれは残った抜け殻に対して使う物だ。
倒れたプレイヤーはその場に待機して状況を見続ける事が出来ない。装備していた物は死体へと残り、回収しに向かうには別の装備が必要となってしまう。
あの時もう一瞬早く気付いていたなら……そう思うと悔やまれてならない。次々とメンバー達がReSpawnして来る。ざっと見て恐らくほぼ全員と思しき数が揃っているのが確認出来た。ヒーラー達は真っ先に死んでいるから蘇生も不可能。つまり……この時点で我々の挑戦が既に終わった事を意味していた。
こういった戦闘では目の前しか見えない者は非常に多いから仕方の無い事だ。特にああいった巨大なボス相手ではそれでも批難する事は出来ない。
先に死んだヒーラーやキャスターは座って精神集中スキルでマナの回復を行っている。そうして回復魔法で復活したメンバーのライフを癒やし続けてくれている。
巨大な両手持ちハンマーの予備を取り出し状態を確認する私に近づいてくる者がいた。
「くそ……あそこであの連携は無いだろ? 全くついて無いぜ」
サブリーダーがそう言ってぼやく。全く以ってその通りだった。
タンクが居れば確かに状況は安定する。勝率だって大きく跳ね上がるが、しかしそれは全員が『ちゃんと』動いた場合だ。
勝ちが見えた時、あの時私達は油断してしまった。これは我々全員の失態だ。
兎も角落とした装備の回収をしなくてはならない。例えWipeしたとしてもこのまま放っておく事は出来ない。恐らく放っておけばモンスターが落とした装備を拾ってしまうだろう。そして次回以降のプレイヤーの挑戦に対してより困難な道と牙を向ける事となってしまう。何よりも装備を失ったままでは立ち直れないプレイヤーだっているだろう。
Raidに挑戦すると言う事はこう言う事だ。我々はまんまと失敗してしまった訳だ。
周囲には既に終了したと言う静かな空気が流れている。笑い合って話している連中もいるが誰もが内心悔しいと思っているに違いない。
Raidは例え負けても次に挑戦する意思がある限り終わる事はない。この経験は必ず活かされて今後のチャレンジの時に活用される事になるだろう。
しかし……悔しいが今回はここまでか……。
私はディスプレイの前で大きく溜息をついた。とは言っても私も主催者の一人、落ち込んでばかりもいられない。
皆が落胆したまま心が折れてしまわない様にするのも主催者の役目だ。
そう言えばあの少女……Mariaにも申し訳ない事をしてしまった。半ば無理やり参加させておいてこの顛末……我ながら実に情けない。せめて彼女には出来得る限り良い装備を準備し提供してやらねば。そんな事を考えながら私は彼女の姿を求めて周囲を見回した。
しかし……少女の姿は既にその場には見当たらなかった。折角初めて他人と共に冒険したのにそれを失敗させてしまった。もしかすると落ち込んだまま帰ってしまったのだろうか。
その時初めて少女に連絡を取る方法が分からない事に気が付いた。こんな事ならフレンドリストに登録しておくのだった。変に気を使って登録していなかった事が裏目に出てしまった。本当に申し訳ない事をしてしまった。
そんな呵責に画面の前で顔をしかめたその時だった。チームチャットでチャットログにメンバーの言葉が流れたのだ。それが目に飛び込んだ瞬間、私は……画面の前で間抜けな顔を曝していた。
『おい、皆早く来てくれ!! 生き残ってるが、ライフが心許無くて動けん』
これは……確か、Mariaに防御を聞いていたプレイヤー、Siegだ。今何処にいるのか、状況の説明を求めると直ぐに返事が返ってきた。
『スタンの後、死に真似のスキルでギリギリ生き残ってる。俺以外にもあと二人位はそれで何とかまだ生きてるが、今も麻痺と転倒のDebuffが付いててまともに動けん』
流石に三人じゃあどうしようも無い。一旦こっちに合流して全員で装備の回収に向かおうと言うとしばらく返事が途絶える。直後、怒りの篭った乱暴な言葉で返事が返ってきた。
『バカ言うな、こっちはまだ戦ってるんだよ!! ドラゴンのライフ残り四割まで削って、まだキープしたままで戦ってる奴が居ンのに諦めんのかよ、このロートル共め!!』
「――いや……いやいやいや、ちょっと待って……Please Wait !!」
サブリーダーがそんな調子でチャットに割り込んで来る。言葉遣いがやたらと丁寧になってしまっている。恐らくリアルでは丁寧な男なのだろう。そんなロールプレイが抜けてしまった有様でサブリーダーが続けた。
「どういう事です? 戦っている、って?」
『Jakeが連れてきたんだろうが!! そうだよ、アイアン・メイデンがまだ頑張って引っ張ってる!! 俺らを巻き込まない様、離れた処にジルニトラ引っ張ってな!!』
その文字が流れた瞬間その場にいた全員が。雑談していた者達までもが一斉に黙り込んだ。私もディスプレイの前で指を動かす事も忘れチャットに流れた文字だけをただ見つめた。
返事が無い事に余計に癇癪を爆発させたのだろう。Siegの言葉がチャットログの上を勢い良く続いていく。
『守る奴が頑張ってまだ耐え続けてんのに』
『俺らアタッカーがケツ捲って逃げんのかよ』
『この恥曝しの*****共が』
『もういい、****チキンは帰って**して寝ろ』
『俺はあいつと一緒に、最後まで戦うぞ!!』
フィルター塗れの罵声でそれだけ言うとSiegの言葉はぷっつりと途絶えた。
私の頭の中でSiegの最後の一言が何度もリフレインする。身体の内側にまるでマグマの様な熱い塊が込み上げてくる。
たかがゲーム……しかしゲームだ。
一度の失敗で次回に先延ばしなんて誰が望むものか。まして未だ闘志を燃やす仲間が闘い続けているのに引き下がる事なぞ出来る筈がない。長い間味わっていなかった懐かしさの混じった感情が心の中に蘇ってくる。
そうか……そうだ。確かに私はロートルだ。しかしオールドヴェテラン、古強者と呼ばれた身の上でもある。まだまだ若い奴に負ける訳にはいかない。私は一体いつからこんな気持ちを忘れてしまっていたんだろうか。
「hey Jake? 私達はいつでも準備OKだ。行かないのなら私達は先に向かうが?」
そう言ってヒーラーを筆頭に勢揃いしたキャスター陣が正面から私とサブリーダーへと告げる。その後ろでは近接アタッカー達が各々に装備を失くした者に予備装備を手渡したり武器を引っ張りだして装備し始めている姿が見えた。誰一人として未だ闘志は衰えてはいない。いや、恐らく……消えた物が再び胸に宿り燃え上がったのだ。
私はサブリーダーと顔を見合わせた。サブリーダーは楽しそうにheheheと言うと全員に向かって宣言する。
「そうだな、借りは持ち帰る物じゃあない。準備が出来次第、再突撃するぞ!!」
そんなサブリーダーの声にその場のほぼ全員が掛け声と共にガッツポーズのエモートで応えた。モンキーダンスとセクシーポーズを取る奴も居たがそれは見なかった事にした。
*
私達が全速力でボスルームに到着した時だ。画面の中で白いテキストがログの上を流れた。
「Charles Perrault」
Mariaがスキルペットのスキルを発動させる為の一般チャットだ。スキルペットのダメージ反射スキルを発動させる為に必要なコマンド。それは……今もなお戦っているという証だった。
ボスのいるホールまでほぼ最速記録を塗り替える勢いで私達が駆け付けた時。先程全員が死んだ場所よりも更に奥の壁の近くで未だに戦闘は継続されていた。
時間にして二十分。その間、私達が諦めていた間も彼らは戦い続けていたのだ。
攻撃を続ける三人の姿も見えるが無言でひたすら攻撃を続けている。しかし流石に四人だけでは殆ど削れないらしい。ジルニトラのライフ残量は先程やられた時から殆ど変わってはいない。
「……マジかよ……Jesus……」
そんな感嘆の声がチャットに流れるが今は神に祈っている時ではない。そう、今は……仲間を助け、共に闘い、そして我々が勝利する時なのだ。
「全員、装備を回収!! 急げ!! 準備が出来次第、殲滅するぞ!!」
そんなサブリーダーのメッセージが流れ全員が慌てて動き始める。各々が自分の死んだ場所に行き装備を回収して装着しなおす。
戦闘準備を指示してマナが多いヒーラーに未だ戦い続ける彼らの回復を依頼する。彼らの点滅したライフゲージが回復魔法によってグリーンラインにまで一気に回復していく。それで気付いたのだろう。Siegが手を止めないまま短く減らず口を叩いた。
「……遅いぜ、ロートル共」
そんな罵声の言葉すら今は心地いい。そうやって我々は準備を終えると最初の闘いと同じく開始位置へと付いた。
さあ、第二幕の始まりだ。
『……GERONIMO !!』
「「Yeaaaaaaah !!」」
雄叫びと共に私達冒険者は一斉に黒い魔法竜、ジルニトラへと再び襲いかかった。
*
Raidボスは非常に硬い。私達は全力攻撃を続けて行っているが終わりに近付くにつれて一層硬くなった様に感じる。それでも何とか削り残り二十五%を切る直前サブリーダーが叫んだ。
『――全員警戒!!』
そう、確かRaidボスは五〇%の時と二十五%の時に再び特殊行動を行う筈だ。
だが先程と違い今度は誰一人として油断はしていない。そんな時ジルニトラの巨大な翼が広がるのが見えた。
何かアクションが……来る!?
そうやって全員が一切の油断を排除し万全の状態で待ち構えていた時だ。いきなりジルニトラの『グゲッ』と言うくぐもった声が聞こえてきた。
かと思うと……そのまま浮き上がるかに見えた黒い竜は巨体を震わせ何かに躓いた様に見えた。
……何だ? 何故何も起こらない?
しかしそんな疑問はすぐに消え失せた。
「へへ、凄え……Maria, Nice Kick」
攻撃の手を止める事なく隣でSiegが楽しそうに発言する。まさか今のは……Mariaが飛ぶのを妨害したと言うのか。
しかし……どうやってそのタイミングを見極めた? 私の知る限りそんな事をやってのけたプレイヤーなぞ居ない。
そして身動ぎしたドラゴンは口を大きく開けて威嚇する様な姿勢を取った。太い喉の辺りが一層大きく膨張していく様に見える。
まさかこいつ、今度はもしかしてドラゴン・ブレスを吐くつもりか!
しかし次の瞬間。今度はMariaのバックラーがジルニトラの顔面に打ち据えられた。
パァン!!
心地よい打撃音が響きドラゴンの顔面に衝撃エフェクトが発生する。シールドバッシュ……シールドによる打撃攻撃で相手の行動を阻害する!!
Mariaの身体が癒やしの光のエフェクトに包まれる。場違いにすぐ隣で白い猫が『みゃお』と鳴く声が聞こえてきた。
なんと言う事だ……Mariaの動きが先程とはまるで違う。初戦では使っていなかった行動阻害スキルを駆使し始めている。それも使い始めたばかりでいきなりドラゴンブレスまで止めてしまうとは。
――しかし何だ、この異様な対応能力は……。
誰も使わない。誰も知らない。タンクだけが使える専用の、未知のプレッシャースキル。相手が行動に出ようとした瞬間に発動させ容易く相手のチャンスを打ち砕く。それに抗おうとした処で身動きすら取れなくさせてしまう。圧倒的な抑止力と制圧性能。
確かにそれは使いこなす事でタンククラスとして絶大な力を示す事が出来る。だが……。
アナザーレルム、他のゲームワールドでも私は数多くのタンククラスを見てきた。しかし……それでも此処まで驚異的に感じた事なんて今までに一度も無かった。
そのまま結局、Mariaは――黒いドラゴンの行動を最後まで抑え込み続けた。
*
何もさせて貰えないままで結局憐れな魔法黒竜ジルニトラはそのまま地面に横たわった。
その巨大な躯の脇で総勢四十五名の冒険者達が談笑している。Raidボスは一度倒されれば一週間程はPOPしないから安心して休憩を取れる。
このワールドには簡単に帰る事が出来る便利な魔法なぞ準備されていない。この後、まさに遠足から帰るかの様に来たルートを戻らなければならないのだ。しかし今はまだ勝利の余韻を味わっていても構わない筈だ。
「Maria, U R Great Tank !」
(マリア、おまえはすげぇタンクだぜ!)
そう言って絶賛するSiegにしゃがんで猫に餌をやっていたMariaは首を傾げる。
「well......what is Tank?」
(えっと……タンクってなぁに?)
そんな言葉を聞いてSiegが一瞬フリーズしたかの様に動かなくなる。
うむ。まさかとは思ったが……やはりそうか。恐らくMariaは『Tank』と言う役割も行動も何も知らない。
単に『怖いから』『痛いから』と言う理由だけで先回りして潰していたに過ぎない。最後に見せたジルニトラの行動の完全封殺はその延長線上に過ぎないのだろう。それは『ここで行動されたらきっと皆も痛い』と言う極めてシンプルな発想だ。
ただ、私はそんな少女がどうやってジルニトラの飛翔タイミングを見極めたのか。それをどうやって理解し阻止出来たのか。それらの理由を知りたくなって尋ねてみた。
初めてこんな処までやってきた少女があの攻撃を見たのはたったの一度きりの筈だ。それをどうやって前もって把握し二度目でいきなり完全に阻止する事が出来たのか。
Mariaはそんな私の質問に不思議そうに、しかしイージーに答える。
「When the Birds Fly, Depressed......」
(鳥が羽ばたく時、踏み込むから……)
つまり――あの瞬間ジルニトラの体重が……巨大な足が踏み込む処を見た。そのタイミングに合わせて咄嗟にその足へ蹴りを入れたのだ――。
そう言う事だと理解するまでに数秒の時間を必要とした。
なんだそれは……まるでJapanのSAMURAIの逸話じゃあないか。それにまさかそんな動作をしているなんて私でも全く気付いていなかった。
恐らくどんな攻略情報にもそんな話は一切掲載はされていないに違いない。いや、これは……開発スタッフのこだわりにも賞賛を贈るべきなのだろう。しかしそれでもそんなナチュラルな事を考えてその視点で見る事は生粋のゲーマーには不可能だ。
その後ドロップしたアイテムの分配では全員の一致でMariaがMVPとして賞賛される事となった。報酬を自由に選択して構わないと言ったのだがMariaが求めたのはほんの僅かなゴールドだけだ。サブリーダーが尋ね彼女が答えたその理由は私達全員から言葉を奪った。
その理由とは『服と、シャルルの餌を買いたいから』だそうだ。恐らくそれは彼女にとってこの世界で生きる上で最高の贅沢なのだろう。
最大の功労者の選択に文句を付けられる者なんてこの場には一人もいない。当然後に続いた連中も普段見せる様な欲深さはなりを潜めている。やがて全員で進撃してきたルートを戻りそのまま街まで帰る事となった。
Mariaはそろそろ寝る時間だからと言う事で戻り次第直ぐにログアウトしてしまった。結局誰もが彼女にフレンド申請を申し込む事も出来ないままで解散となった。
――こうして我々の初めてのRaidは大成功を収める結果となった。
もしあの時に少女が頑張っていてくれなかったらこんな思いは出来なかっただろう。そしてそれに対してアタッカーの意地を見せたSiegも。
この世界に生きる者としての矜持。私にはそれを考え直す実にいい機会となった。
初心者とは若さと同じ位に素晴らしい存在だ。固まってしまった考えを容易くぶち壊し新しい可能性を我々に教え戒めてくれる。
これだから……幾つになっても冒険はやめられない。