第四章――バトルスミスの英断(前編)
私は普段から戦士業をやりながら鍛冶に精を出している。ああ、すまない。勿論リアルではなくレルム――ゲームワールドでの話だ。
戦闘ではより武器や防具に詳しい者はその特性をフルに活用出来る物だ。戦場に於いては自力で武器防具の調達や修理も行う事が出来る。それに冒険の最中にレアな鉱石を入手する機会も割と多い。
それでやっている内に鍛冶スキルが上がっていった。今では『戦う鍛冶屋』として、それなりに地位を確立していると言えるだろう。
このゲームの生産は少し変わっている。例えば剣を作るには材料と生産スキル以外に『剣で戦うスキル』が必要になる。これは要するに『使えなければ作れない』と言う事でもある。
生産しかしないユーザーが少ないのはそう言う理由が大きいのだろう。但し、そのスキルを持つ者が共に生産作業に加われば生産者自身にそのスキルが無くとも創りだす事が充分に可能だ。
このシステムは実に巧妙に作られている。と言うのも需要に対して現在、消費者が使いこなせる物しか作れないのだ。それも現在使えるスキルで使える最高品質の物が上限となる様デザインされている。
例えば大してスキルも無いのに素晴らしい武器が欲しいと望んでもそれを使いこなす事が出来なければ全く意味が無いが、本人のスキル値によって幅が決定される為に初心者にはその本人が使いこなせるだけのベストな物を作り出す事が出来るのだ。
他のワールドでは大抵生産者はひたすら生産を行い、スキルを極めようとする。それにより全ての武器防具と言った装備を作り出せる様になってしまう。しかしこのワールドでは使いこなせなければ一切作る事は出来ない。
この仕組みは鍛冶を始めた当初、私を狂喜させた。当然過ぎる程に当然……使わぬ者が最高品質品を作れる筈など無いのだから。この事が生産者をより一層冒険者に関わらせる必要性を生み出す。
服飾や鎧、レザーアーマー等の常に使う物の生産に偏っているのはそう言う事だ。服飾に手を出す者は大勢いるが武器類に関しては殆どの人間が手を出さない。
ギルドやチームに所属する者は専門でやる奴もいるらしい。だがそれだと自分だけが冒険に出かける事が出来ない。好んで街に閉じこもって延々と作成スキルを鍛え続けられる人間は余り居ないだろう。実際に大手ではサブアカウントを追加登録してやっているらしいが非効率だ。
そんな中でギルドではなく個人で生産をしている私はレアケースとも言えるだろう。
ギルド等の組織に所属する者から購入すると必ずギルドへの税金が徴収される。つまりそう言う者から購入すると金額がかさむ事になるのだ。
その点、私の様なフリーランサーであれば組合税が含まれない為に安く提供出来る。当然、そんな私を頼って集まってくるプレイヤーはそれなりの数がいた。
*
ある時、そんな集まった連中からRaidをやってみたいと言う声が上がった。
Raidと言うのは複数チームが集まり、四十人から五十人……大体十チーム程で構成された大集団で強大なボスに立ち向かうと言うユーザー主体の討伐コンテンツだ。大抵はドラゴンの様なシングルチームだけでは絶対に捌けない様なボスが待っている。
場合によっては途中で遭遇するモンスターもジャイアントの様に単身での処理が厳しいモンスターが待ち構えている事も多い。ギルド等で集まってやると言う話はよくあるがフリーランスが集まってそう言うコンテンツに挑戦すると言う事は余り無いのだ。
そう言えばアナザーレルム……他のワールドでは私もRaidには参加した事はあるがこのワールドでは未だ経験した事が無い。恐らく私に相談してきたと言う事は私の元に集まるコミュニティを利用したいと言う事もあるのだろう。それはそれで間違った事ではない。それに野良で集まった連中でそう言うコンテンツの攻略をするのも面白そうだ。
そう、我々は効率で冒険をするのでは無い。飽くなきフロンティア・スピリッツが更なる先を求める限り冒険は終わらない。私達は開拓業者では無く、この世界に生きる『冒険者』なのだから。
勿論ただひたすら日常を過ごすと言うのもこう言うワールドの魅力の一つだ。リアルの日常ではなく異世界の日常を経験すると言う事は常に新しい事の発見が伴っている。だから私は日常のシミュレーション・プレイについても批判的ではなかった。
しかし……例え異世界の日常であってもそれが単に繰り返されるだけではダメだ。ルーチンワークとなるとリアルの日常とさほど変わらなくなってしまう。そうやって楽しさが色褪せてしまうのは寂しい話だ。恐らく……そんな円環から抜け出た者だけが新しい領域へと踏み出せるのだろう。
そんな事を考えた結果、私はRaidのプランニングに賛成をした。
但し、参加メンバーを四十人以上集める事。冒険ランクが六十以上に達している事をプロジェクト始動の最低条件として提示した。他にもモチベーションの維持の観点から、実行は一ヶ月後と提案した。
「hehe, Jake。助かるよ。有難う」
そう言って連中の一人が私に礼を言って来るがまだそれには及ばない。実際に行く事が出来るのかどうかは彼ら自身に掛かっているとも言える。勿論私自身も声を掛けてみるつもりだが挑戦出来るかどうかはまた別の話だ。
しかし私のそんな言葉にも彼らは満足した様だった。
多少無謀な気もするが冒険者は冒険してなんぼの存在だ。新しい事を常に追い掛けて行かなければ死んでしまう。そんな類の生き物だ。
しかしそれが例え無謀でも……久しぶりのそんな話に胸が踊らない筈が無かった。
*
あと一週間程でRaidが予定されていた頃の話だ。
その時点で既に参加プレイヤーは四十三人まで達していた。開始まで一ヶ月しか準備期間が無いと言う事もあったがそれでも参加を希望する者は他の者と協力したり手伝って貰いながらもランク達成の為に一丸となっている様だ。
これがもし他のワールドの様にレベル制であったなら条件達成は不可能だっただろう。
しかしこのワールドでは違う。ここは『スキル』が支配する世界だ。
冒険ランクと言うシステムの特性上、ランクが足りなくても装備や努力で幾らでも補う事が出来る。努力する事が自分を裏切らない世界なのだ。そんな中で皆、着々と目標へ向かって準備を進めている。
一体感と高揚感——そんな物が私の中にもあった。こんなにワクワクするのは一体何年ぶりだろうか。
そんなある時、私が街中を歩いているとあるユーザーに出会った。NPCショップの前でじっと動かない子供だった。
装備は……NPCの子供が良く着けているエプロンドレス、と言う事は少女アバターだ。普段なら見かけたとしても関わる事なんて無かったに違いない。
しかしその時、私は明らかにイベント前で高揚していた。本当に何気なく私はその少女の隣に立ち同じ様にウインドウを眺めた。そこに並んでいるのは素朴で大人しい少女向けの衣装の数々だ。価格はそれ程高くはないが初心者が入手するにはやや厳しい値段だった。
私は隣で同じ様にウインドウを眺めている少女へとチラと視線を送った。そのままフォーカスしてみると『Maria』と言う名前が表示される。何処にでもよく見かけるデフォルトで設定されている様な名だ。
金髪のウェーブが掛かった髪が肩口で切りそろえられている。商品を眺めるアバターの目は翠色だ。しかし年齢がやけに幼く見える。
通常ビルドで制作出来るアバターでは確か十五、六歳が下限であった筈だ。しかしその少女はどう見ても十二、三歳程にしか見えない外見をしていた。
繰り返し言うが普段の私ならば恐らく声を掛ける処か振り向きすらしていないだろう。だが上機嫌だった私は少女の名を呼んでその服が欲しいのか、金はあるのかと尋ねた。
最初、少女は黙ったまま何も答えようとはしなかった。もしや警戒されているのかも知れないと私は考えた。こういったゲームで声を掛けるプレイヤーにはナンパ目的の者もいるからだ。しかし……しばらく時間が経過してからポツリと返事が返ってきた。
「Yes Sir, But I do not have money.」
(はい、おじさま。ですけど私、お金を持っていません)
ふむ。まあそうだろうな。しかしこの反応の遅さ……恐らくタイピングに慣れていないのだろう。と言う事はまだ本当にプレイヤーは子供なのかもしれない。
それにしても……いきなり私に対して『Sir』と呼びかけて来ると言う事は礼儀正しい子だ。今までに子供のプレイヤーと会った事は何度もあるがしっかりと会話出来た試しが無い。大抵の子供は礼儀がなっていないし自分の事ばかりを強く主張する物だからだ。
西洋人の場合、自分が何が出来るとかそう言った自己アピールが多くなる。IQやそう言った事を自慢に近い形でも主張するのは間違ってはいない。自分に何が出来て何が出来ないのかを言えなければ冒険者は仲間にはなれないからだ。
そう言う意味では『世に擦れていない』と言う印象の強い少女だった。まあ、確かに……私のアバターは年配の老人の様な外見ではあるのだが。
私は更にその少女アバターをよく見てみた。するとその少女Mariaは左腕に小さなバックラーを付けているのが見える。しかしそれは初心者向けの装備で最初に無料で与えられる程度の物だ。大分と傷が目立ちよく見てみると装備や衣装もボロボロの様に見える。恐らく何度も使っているのだろう。
今現在、このワールドでの主流はアタッカーがメインだ。防御はプレイヤー操作による回避が主流となっている。プレイヤーの腕で距離を取って回避する事でダメージが抑えられるシステムだけに自然と防御がおろそかになっていく物だ。
だからそう言う意味でもこの少女アバターは随分と珍しい。いわゆる『タンク』と呼ばれるプレイスタイルを取っている事になる。
このゲームでは装備の破損状況は外見で大まかに確認する事が出来る。しっかりとスキルを持っていればどれくらいの耐久力があるのかを具体的な数字として見る事も出来る。
だがそこまでスキルを取る人間は割と少ない。ヴェテランのユーザーになってくると自分の装備のメンテナンス時期を知る事が自分の命を守る事に繋がるからスキルを覚える様になる。
しかし初心者な程そう言う事を知ってはいない。まあそれでも何とか出来る物だ。他にも他人からみればフォーカスする事で冒険ランクの低下が確認が出来る。もし破損し始めても一緒に遊ぶ者同士で大まかに把握する事が出来るのだ。
私はスキルを使って少女の装備を眺めて見たが中々に酷い状況だった。予想通りバックラーだけではない。着ている初期服なんて既に耐久値がゼロになってしまっている。
初期装備は破損しないが割と簡単に欠損し防御能力がすぐになくなってしまう。他にも腕にゴーントレットと言う篭手を付けてはいるがそれも初期装備だ。どれもこれも装備の耐久値がほぼゼロと言う酷い有様だった。
これでは金を稼ごうにもまともに稼ぐ事なんて出来ないに違いない。例え稼いでもこのワールドではアバターも食事を摂る必要がある。でなければ能力が下がっていってしまうからだ。それはチュートリアルでしっかりと説明されている筈だから理解はしているだろう。
だが流石に見かねた私は少女に付いてくる様に告げると自分の店へと足を向けた。そんな私の後ろから僅かに遅れてついてくる少女。その更に後ろから小さな白い猫が付いてくるのが見えた。
……何と珍しい。タンク・スタイルのプレイヤーですら珍しいと言うのに。更にスキルペットに猫を選ぶ者だなんて見たことが無い。
大抵スキルペットに猫を選ぶのは可愛らしい物が好きなユーザーだ。もしかするとやはりこのプレイヤーは本当に何も知らない、実際に少女であるのかも知れない。
その時はそんな風に思っていた。
繰り返し言うが私は普段こんな風に声を掛ける事なんてしない。本当に偶然であったのだ。
しかしそんな偶然すらも必然となるのがネットゲームだった。
*
店に到着すると私は先ず新しい衣装を準備してやった。
初心者に施しをするのは余り良くない事だと重々判ってはいる。それでもここまで酷い状態になるまで頑張ってきたと言う事は装備を見れば一目瞭然だ。
このワールドに於いて装備の状態は努力の痕跡を明確に示す。せめてその努力が報われる程度には手助けしてやるのも熟練者の務めだ。
しかし私から衣装を受け取った少女はそのまま手に持ったまま動かない。
どうしたんだ、さっさと着替えればいいのに。そんな事を思いながら眺めていると少女から不意にメッセージが現れた。
「well......I ashamed......」
(えっと……恥ずかしい、です……)
は、『恥ずかしい』だと!? なんだ、そんな台詞を言うプレイヤーなんて初めて聞いたぞ!!
……いや、まあ……そうだな。広い世界にはそう言うプレイヤーもいるのかもしれない。
そんな風に納得しようとした時、更に少女が続けた。
「And I do not know your name yet. What is your name?」
(それと、お名前をまだ伺っていません。伺っても構いませんか?)
流石にその一言には私も呆気にとられた。
No……ちょっと待ってくれ。私の名前なんてフォーカスすれば幾らでも確認する事なんて出来る筈だ。
いや、それだけの話じゃあない。この子は今まで相当な数の戦闘をこなしてきた筈だ。それは装備の破損具合を見れば誰にでもすぐに分かる事だ。
当然、戦う相手のランクを確認する為にはフォーカスする必要があるのだから。
私は少女をフォーカスして冒険者ランクを見てみた。表示された冒険者ランクは十三だ。しかし今の状態……つまりほぼ全裸で装備補正が無い状態で、と言う事だ。
シールドスキルは確か冒険者ランクに反映される数値が殆ど無いと言っても良い。物によっては相当ランクが下がる。これはTaunt、モンスターを挑発する為の必要要素だ。
モンスターはメンバーの中でランクが低い者を優先して狙う傾向が強い。もしタンクがガチガチに固めてあって冒険者ランクがその分高くなってしまうと逆にモンスターから狙われにくくなってしまう。そうなると本末転倒だ。
守る立場にいる者が守りたくても守れなくなってしまう。だからこそこのワールドに於いてはTankを選択する者なぞ殆どいない。
ランクが下がると言う事はその分危険も増す事になる。何よりタンクだからと言うだけで通常よりもランクが低くなってしまう。それでは本当に腕があるかどうか判別する事が出来ないのだ。
タンクとは信頼が無ければやっていけないクラスだ。信頼出来るかどうかも分からない者を仲間に引き入れる奴なんて居ないだろう。
このワールドに於いてタンクと言う役職は必要にも関わらず不遇過ぎる。必要でありながら扱いが微妙過ぎる為に誰も選ばない。
要望としてスキルを含めた数値も並行表記してほしい、と言う意見も出てきてはいるらしい。しかし既にアタッカー主体で安定してしまったワールドではそう言った声自体が圧倒的に少ない。元々の総数が少ないのだ。だからこればかりは仕方がない事だ。しかし……。
私は少女に自分の名を名告り、隣の空いている部屋を案内した。着替えるならここで着替えればいい。そう言って私は店に戻った。
店の中で一人、私はしばし考えていた。
もしあの子がフル装備を揃えた上でランクを確認すれば一体どうなるんだろうか? いや、それだけじゃあない。あの初期バックラーの破損状況。
そもそもシールドと言う分類の装備は頑丈さが半端ではない。確か通常の盾でほぼゼロの状態にするまでに普通なら半年程掛かった筈だ。大抵は使い切る前に新しい装備に切り替えたりする。それくらい保つ物であった筈だ。
勿論、需要の無い物だから使う人間は初心者に大抵限られている。だが防御だけでは勝てない為に大抵は途中から完全にアタッカーにスイッチしてしまう。
その割に種類やデザインが豊富で多くのユーザーからはリソースの無駄だと指摘されている。それでも新しい物が追加される事が止まらないのだ。恐らく開発サイドとしてはもっとタンクをやって欲しいという希望の現れだろう。
扉の開く音がして少女が空き部屋から出てきた。まるで誂えた様によく似合っている。まあ、ゲームだからサイズ値さえ合えばちゃんと似合う様に見える物ではあるんだが。それでも緑の子供向けの衣装にアバターの金髪がよく似合っている。
もう一度フォーカスしてみると冒険者ランクが十まで下がっている。
――やはりこれは、全体を修理改修を施してやった方がこの子の為だな……。
そう判断した私は少女にそれまで着ていた服と装備を改良修理するから出す様に言った。勿論その際、改良すれば初期装備属性が外れて破損する事がある事もちゃんと伝えた。その時の為に新品の初期装備を渡す事も忘れなかった。それにフォーカスの使い方も最初からきちんと教える事となった。
少女は本当に、何も知らなかった。
*
このワールドでは装備は使えば使う程スキルボーナスが付加される。それは同じ装備を使い続ければその分だけ応えてくれる様になると言う事だ。
それでもやはり装備としての限界を迎える事になるのはよくある話だ。そこで『改修』という要素が重要になってくる。
このワールドに存在する全ての装備は『改修』という追加生産処理が可能となっている。今回の様に初期装備を改良する場合、どうしても初期装備特典である『破損しない』と言う特殊特性は消えてしまう。だがその分劇的な性能アップを期待する事が出来るのだ。
実際、それで初期装備を使い続けてどれくらいボーナスが着くのか検証している奴らがいた筈だ。しかしその為にはその装備のスキルが必要となる。
防具等は割と誰でも持っているがシールドとなるとそうは行かない。こればかりは殆どの人間が持っていないスキルだからだ。
改修する為、少女のスキルを覗いてしまう事になる事を説明して了承を取る。だが良く分かっていないのだろう。少女はあっけなく私の閲覧申請に許可を出した。
最初に見た時、私は自分の目が信じられなかった。
Mariaの、少女のシールドスキルは九十八。ほぼカウンターストップ目前だ。カウンターストップとは通称『カンスト』と呼ばれる上限値マックスを指す。
まさかここまで高いスキル値を持っていようとは。恐らくトップギルド等の組織に所属している専属ガーディアンでやっと対等か。
このワールドではとにかく防御よりも回避する者が多い。大抵は回復魔法の支援でゴリ押ししてしまうからだ。
それで私は納得した。
この少女がこんな酷い装備でありながら今までプレイ出来た理由だ。そうか、だからあんな耐久値がゼロになったバックラーや装備でも何とかやれたのか。
本来装備はスキルで足りない能力を補う為にある物だ。だがこの少女は逆に装備で足りない分をスキル値で補ってきたのだ。つまり地力がそれ程までに備わっている。
その事実に私は目を見張った。この少女は装備に関係なくこのワールドで今まで生きてきたのだ。それが一体どういう意味を持つのか。もしこれが武器スキルであったなら……恐らくワールドのトップランカーだ。
本当ならもっといい装備を与えて装備させてやりたい。そんな衝動に駆られるがそれをすると今までに得た少女の装備ボーナスがなくなる。つまり私には改良してやる事しか出来ない。
下手に新しい良い装備を与える事が逆にこの子を困難な道に突き落とす事になる。そんな事、私にはとても出来なかった。
私は興奮気味に少女の他のスキルも確認していった。冒険者スキル以外にはスキルペットの値も相当に高い。恐らくこちらもほぼカウンターストップ直前なのだろう。
猫は確かリフレクト・ダメージ。つまり――ダメージの反射。
冷静に見ると『タンク』クラスとしてはほぼ理想的と言っていい組み合わせだ。体術……蹴りで相手のバランスを崩すスキルも相当に高い。
しかしその分、それ以外のスキルはほぼ壊滅的だった。余りにも極端過ぎる。そんなスキル構成であったのだ。子供のサイズ値による制約があるとはいえ、それは余りにも歪な構成だった。とてもまともなプレイヤー……いや、『ゲーマー』がする事とは思えない。
こうなってくると純粋に一人のヴェテラン・プレイヤーとして仕上がりを見たくなって来る。
取り敢えず私は新品のゴーントレット――上位の篭手装備を幾つか見せて少女に選ばせた。鎧装備のスキル自体は相当に低いから恐らくこれくらいであれば問題無い筈だ。
すると少女はその中から華奢な飾りの着いたシルバー・ゴーントレットを選択した。やはり見栄え重視、重厚で頑丈そうな物では無く派手過ぎない装飾がある物だ。
武器であるナイフだが先程みたスキル値ではほぼ意味を持っていない。恐らくガードとスキルペットだけで戦ってきたと言う事なのだろう。それでも一応予備のナイフを手渡して置く事にした。
次に私はバックラーの改修をする事にした。勿論その為には少女自身にも手伝って貰わなければならない。シールドスキルなんて悪い意味でレアなスキル、持っている鍛冶屋は絶対にいない。それに流石に改修の為には私だけでは能力が追いつかない。
改修とは特殊な効果を付けられるのだ。装備自体の強化、貫通抑止を付加したとしてもまだ強化改修に余地が残っている。特殊な効果……例えば魔法等を付加してやるのがベストだろう。
しかし恐らく能動発動する物は使いこなせないだろうから付けるだけ意味が薄くなってしまう。となると自然と発動する受動効果をチョイスするのがベストだ。
私は知り合いのプリーストに連絡を取った。四人いる知り合いの内、一人だけログインしている。私は装備の修理と提供を約束して協力へとこぎつけた。
*
このワールドの生産は実にユニークだ。生産者一人では通常の装備しか作る事が出来ない。しかし協力する他のプレイヤーがいればそのユーザーの持つスキルを付与して特殊な性能を施す事が出来る。今回頼んだプリーストには回復魔法の付与を頼む事にした。
シールドで防御した時に確率でヒール――回復魔法が発動する。その量は大した事は無いがそれでも命を長らえさせるチャンスにはなる。
そうやって私の鍛冶場で少女とプリースト、私の三人が身を寄せる。次々に触媒や材料を投入して少女のくたびれたバックラーが新しく生まれ変わる。新しく命を得たバックラーは仄かに緑色の回復の光を宿して輝いていた。
恐らく少女のスキル値からして外見こそ初期装備だが性能はトップクラスだろう。こうして大改修作業は私にとっても充分満足がいく結果を迎えた。
「well......why did you help me, Sir?」
(えっと……どうして助けてくださるんですか、おじさま?)
どうして助けてくれるのか、と言う少女の問いに私は直ぐ様応える事が出来なかった。実際の処はプレイヤーとしての興味と初心者救済と言うだけだ。突き詰めればどこまで行けるのかと言う純粋な好奇心に過ぎない。
しかしこの少女は恐らく『役割を演じる者』だ。ならばそれに対してこちらもロールプレイで返すのが礼儀と言う物。それこそがこのワールド、同じ世界で生きる者としての矜持だ。
考えてみればサンタクロースの存在を信じる子供に真実を伝えない事に似ている。そう考えれば……夢を壊さない事の大切さを私はよく知っている。
私は孫娘を思い出したから助けたのだ、と言う様な事を思い付きだけで述べた。しかしそれでも少女は納得出来ない様で困った様に黙り動かなくなってしまう。
ふむ……そうだな。なら丁度いい。最高に愉快な事を思いついた。
本来、Raidには必ずTankが必要な物だ。是非とも次のRaidに参加して貰おうじゃないか。
実際の処フリーランスで集まる人間にはほぼ、いや確実にタンクが居ないと言っていい。アナザーレルムなら野良にも大勢見掛けるがこのワールドではまず期待出来ない。それが悩みの種の一つではあった。
だが彼女のスキルを見る限りでは恐らく期待以上の能力を発揮してくれる事だろう。腕ではなくスキル値を見るだけでそれが容易に予想がつく。何よりも……このとんでもないスキルを持つ少女の動きや成果を見てみたい。
そんな私の提示した話に少女は暫く黙った後、短く「yes」とだけ返事した。