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第三章――ある父親の憂鬱


 ハロー。今回は僕の話をしよう。

 僕はオフィスワークの都合もあって、海外に単身向かう事が非常に多い。

 僕と妻は大学で知り合って、大恋愛の末に結婚した。一人の女の子を授かって今年セカンダリ――ジュニアハイスクールに進学している。妻は日本人で一人娘と一緒に今、日本で生活している。


 僕の娘はとても可愛い。はっきり言って可愛い。猛烈に可愛い。親の贔屓目だと言われようが可愛い物は可愛い。ソーキュート!!

 エキゾチックな風貌も相まって、神秘的と言ってもいい。だから当然もっと構ってやりたい。

 けれど仕事をちゃんとしてお金を稼がないと養っていく事が出来ない。今はまだ日本で妻と娘はマンションの一室を借りて生活している。


 本当は家族揃って今の勤務先のある西海岸へ引っ越したかった。しかし子供がいる家庭と言うのはどうしても親の都合に左右される事が多い。

 例えば僕も妻も、親の都合で余り一箇所で定住した事が無かった。だから学生時代の友達、と言うのは案外少なくなってしまっている。


 そう言う経験を夫婦揃ってしているので、せめて娘は最低でもハイスクールが終わるまでは同じ場所で生活させてやりたかったのだ。

 それに今は離れて生活しているが、もし本格的にこちらへ越して来る事になればその時の為に貯蓄しておく必要がある。

 そんな訳で寂しいけれど、僕は頑張るしか無いのだ。


 そんな娘の為に、僕は毎回出張先で土産を買って日本の娘へ送る事にしている。他に何もしてやれない、せめてもの慰め……いや、必須事項だった。

 家に居ない為にいざ帰った時に『おかえり』と言って貰えない事に恐怖したからだ。妻が言う処の、帰宅した時に『いらっしゃい』だなんて愛する娘に言われてしまったら……僕は余りの辛さにその先、もうまともに生きていく事なんて出来ないだろう。

 そう言うと妻は笑って『私の事よりも娘の事なのね』と言ったが、それは違う。愛する妻との間に出来た一人娘だからこそ可愛いのだ。僕ら夫婦はもう結婚していて、これから生涯連れ添って生きていく事が既に決定事項となっている。

 しかし……娘と言う物はいつか必ず、家を出ていってしまうのだ。

 僕がそんな事を言うと妻は『そこまでしっかりした理屈で説明されるとは思わなかった』と目を丸くした。

 なあに大丈夫、全く問題は無い。どんなに離れて生活していようとも、僕は妻と娘のどちらも愛している。それに変わりはないのだ。


 そんな風に忙しい毎日を送りながらも娘に会いたい、と言う思いが募る。そんな時、同僚のアンディからある事を提案された。

「そりゃあネットゲームでも一緒にやれば良いんじゃないか? 俺も妻や息子と一緒に毎晩遊んだりしてるぞ? 時々甥っ子や姪っ子、親戚で一緒に遊ぶ事もある位だからな」


 ゲームか……うーん、ゲームと言っても……まだ十二歳位の女の子だしなあ。流石に父親と一緒にゲームして遊ぶなんて受け入れて貰える物なんだろうか?

 年頃の女の子は父親と何かする事を非常に嫌がるという。もし自分の愛娘に拒絶されてしまったら僕はこれからどうすればいいんだろう。

 そんな泣き言の様な事を言うと、同僚のアンディはそれを笑って否定した。


「いやいや、最近のネットゲームってのは相当にハイクオリティだ。そう言うコミュニケーションを取って置かないと逆に子供らに付いていけなくなるぜ? それに子供の内からそうやって一緒に遊ぶ事を憶えてしまえばずっと一緒に遊んでくれる物さ。何よりも……お前、自分の会社で作ってる物くらい遊んで置かないと仕事に差し支えるだろうが?」


 ううむ。そんな物なんだろうか?

「ああ、そうだ。そうに決まってる。実際俺はそうだったからな」

 そう言うと同僚のアンディは自慢気に胸を張った。

「俺も親父と一緒に遊んでたクチだからな。まあ、FPSで対人だけの殺伐とした物だったけどな。あの頃の思い出は今でも俺の財産になっているぞ?」


 ううむ。そう言えばこいつは元々結構なゲームフリークだったと聞いたことがあるぞ。確か大会なんかにも参加していて準決勝にまで行ったとか何とか。

 そんな風に……僕の娘もゲーム漬けになってしまわないだろうか? そんな不安がよぎったが、同僚はそんな事に気付かずに懐かしそうな目をする。


「そういや、あの頃やりあってた『Show KO』って奴、何してんだろうなあ。やたら強い女兵士のアバターだったけど……まさか俺が、こう言う仕事してるとは思わないだろうなあ」

……いやいや、別にお前の思い出話を聞きたい訳じゃないぞアンディ?



 僕は娘に贈り物を沢山送っている。けれど、パーソナルコンピュータを買い与えていない事を思い出していた。

 現地の物を贈る事に夢中になっていて、すっかり忘れていたのだ。


 ジーザス、しまった……メールやネットが全盛の今の世の中だ。特に日本なんて情報教育とネットインフラが整備されきっている。なのに個人用の端末が無いと言うのは大問題だ。

 まずい……まさか先日、妻から聞いた『トーコーキョヒ』と言うのはそれが原因か!? それで虐められてしまったからと言う訳じゃないだろうな!?


 しかしそこまで思ってから思い直す。

 ……いやいや、大丈夫。携帯電話は最新のスマートデバイスをしっかりと送ってある。それでメールのやり取りだってしていたじゃあないか。

 最近じゃあフォト・シェアリングの機能を使って撮影した写真も直ぐに共有している。だから家族全員がいつでも見る事が出来る様になっている。完璧、出来る事は全てやっている。パーフェクトな筈だ。


 だけど……うーん、やっぱりPCは準備して送って置いた方がいいだろうか。タブレットは便利だが既に同じ機能の携帯電話(セルフォン)を持っている訳だし。ならやはり、日本の女子学生の間で人気があるのを選んだ方がいいか。

 取り敢えず今日の午後にでもショップで物色してみよう――僕はそう決意すると、それまでに目の前の仕事を片付ける事にした。



 午後に店内で物色した結果、最新式のラップトップPCを購入する事にした。

 シルバーボディの軽量で薄い、娘の様な小さい手でも楽に操作出来る奴だ。確か日本では女子学生の間ではメジャーなブランドだった筈だ。

 カードボードボックス……日本で言う処のダンボール箱の中にメッセージを入れよう。手元にあるメモに何を書くか迷った末、出来るだけくどくない内容に決める。


『マリーへ、可愛い僕の娘、これで遊んでね。お父さんより』


 そうしてメモを千切ると僕は送る荷物の中に一緒に放り込んだ。

 おっと……いけない。そう言えばアウトレットは日本とじゃ電圧が違った筈だ。確認してから同僚の言っていたゲームとプレイチケットも悩んだ末に放り込む。

 うちの会社で取り扱っているゲームパッケージだ。今のゲームはDVDドライブが無くてもUSBデバイスで起動出来る。これはドライブがついていないから丁度いいだろう。

 そうやってその日の内に社内から日本に向けて発送した。



 娘に送ってからもう三ヶ月近く経つのに、何故か娘からメールの返事が来ない。何度送っても返事が全く無い。電話してみても通じない。

 妻に電話しようにも高価な物を娘に送った事なんてバレたら一体どうなる事か。そう思うと怖くて連絡が出来ないが、妻から連絡がないと言う事はバレていない筈だ。

 ああ……ひょっとして娘は僕の事が嫌いになってしまったんだろうか。オー……マイガッド……なんてこった……。こんな事なら仕事にかまけてないで、もっと早く帰宅すれば良かった。

 そんな風に苦悩して飛び出しそうになる僕に同僚が声を掛けてくる。


「ヘイ、ジョウジ。どうどう、落ち着け。日本では『返事(レスポンス)が無いのは元気にやっている証』とことわざ(プロバーブ)で言うんだろう? きっとお前の娘も今は熱中して遊んでいる頃なんだろうよ。まあ、また頃合をみて連絡を取る事をお薦めするぜ?」


 Damn(こん畜生め)、人事だと思って気楽な事を言いやがる。もし帰った時に『お父さんいらっしゃい』なんてそっけなく言われたらどうするんだ。そんな事言われたら僕はきっとそのままベランダからフェードアウトしてしまうぞ?

 いや、まだ文句を言われたり罵声を浴びせられるならいいさ。それはまだ僕をきちんと認識してくれていると言う事だからだ。もし無視されたりしたら……そう考えると顔から血の気が引いていく。

 ああもう駄目だ、休暇の申請を出して一度家に帰らなくては。


 そんな風に思い詰めながら日々を過ごす僕に同僚が話し掛けてきた。どうも神妙な顔つきだ。

 僕はそれまで考えていた事をひとまず置いて、聞いてみる事にした。こいつがこんな顔をする時はプライベートじゃなく、必ず仕事に絡んだ時だ。


「それが……最近フォーラムの方で変な話が上がってきているらしくてな」

 ……フォーラムで変な話? 一体何の事だ?

「いや、それだけなら構わないんだよ。ユーザーが話しているだけだから問題は無いんだがな。けど、どうやら日本のメディアからも問い合わせが来ているらしい。それがプレイヤーの一人らしい『Maria(マリア) The() Iron(アイアン) Maiden(メイデン)』について。是非とも彼女と連絡を取りたい、って言う話らしいんだよ」

 それを聞いて、僕は空いた口が塞がらなくなった。


 詳しく話を聞いてみると、どうやらサポートの方に問い合わせのメールが届いているらしい。それをうちみたいな広報メインの部署に相談されても困る。

 ただ、本当にそれがメディアからだと言うのであればスポークス・パーソンとして広報外交担当のうちの部署が担当すべき相手だ。

 しかし……何なんだ、その『Maria』と言うのは?


「いや、どうもImpregnable Girl(難攻不落の少女)、と言う事らしい。ニュルンベルクの処女、という拷問具の意味じゃなくて、そのまま『鉄壁』と言う意味で。どうも何も喋らないと言う点でもそう呼ばれているらしいんだが……これにどう対応すべきか、ってんでちょっと困っててな?」


 アイアン・メイデンと言う拷問具は中の犠牲者の悲鳴が聞こえない様に作られているらしい。恐らくそれと『鉄壁』の両方の意味でそう呼ばれるとの事だった。

 Maria、と言う名前のアバターだけで登録数がアクティブ・アカウントだけでも二百人近く存在する。その中で子供のアバターは結婚によるサブキャラクターを含めても半分の百近く。つまり、特定不可能と言う事だった。


 しかしそんなもの、定形文で返せばいい程度の事じゃないか? 要するに『プライバシーポリシーに基いて回答出来ない』と返事する事だ。特に特定のユーザーに対するアクションは不利益をもたらす事がある。その仲介を企業サイドが行う、と言うのは相当に問題がある。

 と言うか……そんなもの、幾らメディアが求めても応える義務なんて無いだろう?


「いや、その……うちの息子も知りたい、と言う事もあって……その……」

 言い難そうにそんな風に口を滑らせた。


 この間抜けめ!! お前の頭は酒樽か何かで出来ていて、それも底が抜けてるんじゃないか!?

「いやいや、ジョウジ、勿論それだけじゃ無い。ガードで耐えてRaidのボス相手に生き残ったって話でな。チートじゃないかって疑いまで掛かってるんだよ。実際にそのフォーラムを見たらしいユーザーからも何通か問い合わせのメールが届いてきてる。開発の方に問い合わせてみたんだが充分可能だ、と言う結論しか出てこない。今のユーザーの流行はアタック偏重のダメージディーラーばかりだ。実際にタンクで突き進む奴は本当に数える程しか居ない状態なんだよ。そんな中で単なるサポートとしてチートじゃないと発言した処でユーザーが納得するとは思えん。うん、そう言いたいんだ俺は」

 僕は同僚がまくし立てる、余りにも言い訳くさい理由にこめかみを押さえた。


 サービスとしてプランが成立している以上、そんなバランスはとっくにクリアしている筈だ。いちいちそんな事でプロジェクト責任者に発言させろとでも言う気か。アジアのメーカーじゃあるまいし、そんな事をさせれば当然デベロッパーの連中だって気分がいい筈なんて無い。自分達の調整を疑われていると言う事なんだから。


 ちゃんとしたものをちゃんと仕上げてきてくれた奴らの腕を疑う様な疑問に対してまともに取り合うなんて、今後の展開にだって勿論影響が出てくるに決まっている。

 それを考えれば当然今回の事については問題が無いと言う確認を行ったと言う上で、会社としての対応はせずにフォーラムでのユーザーの思案に任せるのが一番いい。

 僕のそんな意見を聞いて、同僚は難しそうな顔をしながらも納得してみせた。


 いや、それよりも僕の一人娘の事の方がよっぽど大事だ。変な事を言い出して何事かと思えば、うちのマリーの事より余程どうでもいい事だ。全く……本当はお前が知りたかっただけじゃないのか?

 いや、それどころか単にサボりに来る口実だった可能性の方が遥かに高い。こいつはいつもこうやって、僕の処に来ては雑談をしていくのだ。


 僕は同僚に向かって疑いの視線でじっと見つめる。そんな座った僕の目をみて、同僚は首を竦めて見せる。やがて気不味そうに自分のデスクへと退散して行った。


 全く、くだらない話で人の頭の中をかき混ぜて欲しくない。しかしここは一体どうすべきか。何が正解なのか見当が付かない。女の子の事だから……ここはやはり女性の意見を聞いた方がいいだろうか。

 とは言ってもこんな事で妻に電話なんてすれば絶対にどやされる事間違い無しだ。それで試しに近くのデスクでオペレーションをしているジェシカに聞いてみる事にした。

 ジェシカは呆れた顔をしながらも、丁寧な口調で僕に教えてくれた。


「そうですね。それくらいの歳の女の子なら……逆に必要以上に関わって来ようとする父親に対して余りいい感情は持ちませんね。関わりたい時は自分からアプローチしますし放って置いて欲しいものです。ですからジョウジ、仕事してください」


 それを聞いた瞬間、僕の頭に再び激しい後悔と苦悩の嵐が吹き荒れる。

 ああ……そうなのか!? ああもう、僕は一体、どうすればいいんだ!!


 ジェシカは「……だから、仕事しろよ……」と言うと溜息を付いて、小さく肩を竦めて見せた。


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