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第一章――とある冒険者の追憶


 最近、海外の掲示板で『Maria The Iron Maiden』と言うスレッドを見かけた。でも俺は余りこの『マリア』にいい印象を持っていない。

 実は二度程だけ、俺はワールド内でMariaと言うキャラと接触した事がある。一度目は街の中で話し掛け、二度目は会話すらしていない。多分、この話題になっている『マリア』と言うのはあいつの事に違いない。


 最初、話し掛けたのは俺からだった。如何にも初心者と言うような感じでちょっとした気まぐれもあった。

 ネットゲームじゃあ困っている奴を助け、困った時に助けて貰う。それがよくある事だった。

 実際に俺は英語が余り出来ない。正直言うと苦手だ。それでも外国人プレイヤーは俺に合わせて根気よく付き合ってくれた。俺にとってそれは、ネットゲームをやっていて初めて経験する事だった。


——受けた恩は、他に困ってる奴を助ける事で返せ——。

 俺を助けてくれた外人は笑いながらそう言って去っていった。翻訳ツールで必死に翻訳している最中に、そのまま何処かへ行ってしまった。

 俺は、全く英語が出来なかった。出来ないと言うよりも出来る限り関わらない様にしてきた位だ。そんなだから当然、中学の頃から習ってきた英語なんて全く役に立たなかった。高校になっても英語を習ってきたが、それまでは真面目に勉強なんてしてない。

 相手に何かを伝えたいと思うのに伝えられない、このもどかしさ。この経験で俺にとって、英語は勉強の為ではなく現実で生きるのに必要な物となった。


 英語も出来ないのにどうして英語ベースのMMORPGをやったのかだって? そんなの決まっているじゃないか。

 日本でサービスしているゲームはどれもこれもコピー、クローンばっかりだ。どこかで見た様な物を延々とデッドコピーした物ばかりで溢れ返っている。

 最初はそれでも良かった。初めてやった頃は何をしても面白かったしな。けど、それも余り長くは持たなかった。


 どこかで見たようなシステム。

 どこかで見たような操作。

 決まった事だけをやって、装備を強化して、ひたすら強くなるのだけを目指す。同じ様なクエストをこなしてひたすらレベルを上げる。

 人と出会って楽しい事があっても、直ぐにレベルの差や進行状況で逢う事が無くなる。ギルドなんかで仲間が出来たと思っても一緒に遊ぶ事自体がまずない。ただ雑談する場に成り下がった集団なんて楽しくも何ともない。

 だから自然と俺はネットゲームに飽きていった。


——何か変わった、本当に面白い物は無いのか——?

 いつしか俺はゲームをプレイするより探す時間の方が増えていった。そうやって探していると、とうとう海外のネットゲームの記事にぶち当たった。英語だらけで最初見た時はクラクラしたのを覚えている。

 それでも……必死に翻訳して探したのはそれ程俺がゲームに飢えていたからだろう。そんな中で、キャラが実際に年齢を重ねていくと言う記事を見つけた。

 スキル制の一風変わったシステム。プレイヤーの腕と努力だけが本当に反映される。そんなゲームをやっと見つけた。

 調べてみると、装備強化みたいな延々と繰り返すシステムが無い。クエストも一本道のメインシナリオすら無くてやりたい事を仲間と集まって攻略する。そんなユーザーレビューに目が留まった。

 そのタイトルで検索すると、日本人にもかなりのプレイヤーがいる事が分かる。四コマ漫画とかネット上で掲載している人も数多くいる。プレイ日記もかなり多くあって、日常生活から冒険まで内容は様々だ。

 戦闘に関する記事だけじゃない。日常生活や観光、出会いや別れの冒険譚の数々。


 気がつくと俺は……そんな内容をひたすら追い掛け、ひたすら読み漁っていった。読んでいるだけで胸がときめき、ワクワクしてどうにも止まらなくなった。

 調べてみればそのゲームのwikiも存在している。wikiでは有志による日本語翻訳データが数多く掲載されている。

 それでスキルデータやシステム、クエストや世界観、設定を垣間見る事が出来た。

 どうやら日本語化の要望も多く、日本で是非サービスをと熱望する声も多い。そうこうしている内、俺はどうしても今すぐやってみたくて堪らなくなった。


 日本のゲーム通販でパッケージを購入して、接続料金のプリペイドカードを注文した。そこまでは日本語だけでも問題無かったが、そこから先は完全に未知の領域だ。

 英語に四苦八苦しながらインストールして登録、そしてやっとキャラ作成。大嫌いで避けていた英語の事すら忘れて俺は久々に胸が踊っていた。チュートリアルが始まって、俺は最初、信じられなかった。


 ……なんだ、これ? こんなの、今まで見た事がないぞ?

 英語だらけで正直分からない事だらけ。でも操作は何となく分かる。この手の操作は大体どれも似通っているし、wikiで仕入れた情報だってある。だが実際にそれを見てみると、余りにも違い過ぎて胸がドキドキとしてくる。

 そもそも装備インベントリのウインドウが存在していない。カバンもチュートリアルで先ずキャラが手にとって、それを装備してやっと開く。

 手に持った武器も投げられる。落ちた武器を再び手に取って装備出来る。手に持つだけでも装備扱いだが、ちゃんと装備しないと帯刀してくれない。という事はこれ、落ちてる武器でも掴んでいつでも使えるって事だよな?

 すげえ。こんなの日本でやってるゲームじゃ見た事がない。なんだこれ……うへ、すげえ、マジでなんだこれ!?


 そうやって俺は、直ぐに熱中する事になった。

 基本はカーソルでの操作だが、マウスでも操作が出来た。そうやって俺はひたすら操作を楽しむ。まさかキャラを動かす事がこんなに楽しいとは今まで思った事が無かった。二刀流の使い心地もすこぶるいい。


 やがて俺はチュートリアルを終え、オンラインフィールドに足を踏み出した。チュートリアルが終わる頃には英語への苦手意識もほぼ消え失せてしまっていた。



 おっと、話を戻そう。そう、『マリア』の話だ。

 俺があいつと最初に会ったのは街の中だった。


 あれは確か、花壇のある広場だった。

 最初、俺はNon Player Character……NPCか何かのガキなんだと思っていた。見たことが無いくらい、幼いキャラクターだったからだ。

 眺めていると街にいる猫を追いかけてはしゃがみ込み構っている。その都度猫が逃げるが延々とそれを繰り返していた。よく見ると、そのガキの腕には初期装備のバックラーが付いているのに気付く。

――あれ、プレイヤーか! でも……何してんだよ、あいつ? もしかしてこの前導入されたスキルペット狙いか?

 でも……猫とか、使いみちないだろ、これ。 どうせペットにするなら鳥とかの、回復の方が便利だろ? 俺は使わないけど――。

 確か食い物をやらないとペットには出来なかった筈だ。そう思って俺は手に食料を持って、そのちっこいガキに近付いていった。

 近づくとすぐ、ガキの名前にフォーカスする。このゲームはフレンド登録した奴以外直ぐに名前が表示されない。だから人によってはNPCとプレイヤーの見分けが付きにくい。

 Maria……『マリア』、か。まあ、ありがちでデフォルトみたいな名前だ。俺は馴れない英語で、ペットにしたいなら餌が必要な事を告げ、餌を付き出した。

 しかし……あの餓鬼、俺の話を全く聞いていない。そのまま俺の存在を無視して、再び猫を追いかけ始める。


 これがもし現実なら、俺も怒ったりせずに苦笑して終わるんだろうな。でもネットゲームのキャラの外見なんて、実際の人間とは違う。性別や年齢なんて見た目じゃあ判らない。英語なり何なりで反応するならまだしも無視かよ。


 むかついた俺は、嫌がらせの様に周囲の猫をペットにしまくっていった。呆然とした様に立ち尽くすマリアを背に俺はその場を後にした。気分こそ晴れたがアイテムをドブに捨てる様に使って、その上大量の猫まで引き連れて。

 ……何してんだ、俺? 勢いもあったけど、本当にバカな事をしたもんだ。我ながら、今でもそう思う。



「ヘイ、Shu。そんな大量の猫引き連れて、何してんだよ?」

 そう言いながら、フレンドのOOKAMIが呆れた様に待ち合わせ場所にやってきた。

 こいつは俺がワールドに入ってから初めて出来たフレンドだ。カナダのプレイヤーで、日本語が大好きで自分の名前をそう名付けたらしい。

 その名前の意味はWolfだと言う事を知っていたが俺が日本語では『大神』。つまりグレート・ゴッドの意味もある、と教えてやると大喜びした事が印象的だった。

 その後もよく顔を合わせる事があって、今じゃ一緒にプレイする冒険仲間だ。事あるごとにメッセージを送ってきてくれて、一緒に冒険する様になった。

 俺が日本語を教えて、逆に英語を教えて貰う。そんな関係の始まりでもあった。OOKAMIとの出会いが俺が一層このワールドにのめり込む切っ掛けになった。


 俺が大量の猫を引き連れている理由を聞くと、OOKAMIは苦笑した。

「生き方は人それぞれさ。このワールドでもそれは同じだ。このワールド、実際子供プレイヤーは多い。夫婦ユーザーも沢山いる。出張中に子供と遊ぶ親もかなりいる。それに何より……これがオンラインだと知らない人までいる位だから、余り怒るな」

 むう……そう言う物なんだろうか。俺はちょっと悩んだが……それでも人を無視するのは子供でも駄目な事だろうと思い直す。

 俺は大量の猫を開放しながら、そんな返事を返した。OOKAMIは肩を竦めるエモート、感情表現のアクションをして見せる。

「まあ、そんな事よりもだ。今日はどこに行く? 北の洞窟にドルイドが住んでるらしい。そこに会いに行ってみるか? 何かミッションがあるかも知れないぞ?」

 俺はそれを聞いて、さっきまでの事をすっかり忘れる事になった。


 そう言えば……俺ら日本じゃクエストと言うが、ここじゃミッションと言う人間の方が遥かに多い。パーティとも言わず大抵皆『チーム』『パートナー』『バディ』と言う言い方をする。

 そう言うのも日本と海外の違いなんだな、とこの時思った事をよく憶えている。それにNPCが『住んでいる』だなんて表現、日本のゲームじゃしないしな。

 ロールプレイと言ってキャラを演じる、みたいなのもあるがそう言うのじゃない。極自然に、その世界の中で自分も一緒に生きている、みたいな手触り。そんなプレイがナチュラルに存在するのも海外のゲームの良い処だと思う。



 俺がダンジョンの探索を考え始めたのはプレイを初めて一ヶ月半程過ぎた頃だろうか。あの街での出来事から一ヶ月近くが過ぎた頃だったと思う。

 フィールドでの戦いやミッションをこなして、装備もそれなりに整っていた。スキルも随分と上がって来ている。

 というか……フィールドの動物相手じゃそろそろスキルが上がらなくて厳しい。時々フィールド上にいる人型のモンスターを倒すとスキルの上がりがかなりいい。

 これならいっそ、奴らの巣窟に襲撃を仕掛けた方がもっと成長が望めるんじゃないか?


「Hehe、いいね。僕も丁度それを提案しようと考えていた処さ」

 それはOOKAMIも同じ考えだった様で、割とあっさり賛成してくれた。二人で洞窟の表にいるモンスターを倒して回る。案外呆気無く倒す事が出来るし、これならきっと中に入っても割とうまく行けるだろう。


 岩山の側面にある洞窟の入り口にOOKAMIと二人で入っていく。ところどころで光っているのは苔か何かだろうか。綺麗に並べられているのを見ると、明らかに自然なものじゃない事が判る。そんな中を進んで行くと、道が少し広くなってホールの様になっていた。

 エントランス、だ。門の入り口には二匹、衛兵の様にモンスターが立っている。時々、何かを話している様な声みたいな音声と同時に吹き出しが現れる。

 しかし、セリフは文字化けした様な表示で読む事が出来ない。それと同時にスキル上昇の表示が画面の端に現れる。


 このゲームの面白い処の一つ、種族による『言語の違い』だ。例えばこれは同じプレイヤー同士であっても、種族が違うと会話が出来ない。コモン、つまり『共通語』と呼ばれる物を使うと相手も理解していれば使える。

 大抵のプレイヤーは共通語でやり取りをする。でも最初は種族言語が設定されていて、相手の言う事は聞けるがこちらから話し掛けられない。大抵のプレイヤー種族は共通語が使えるが、使えない種族もあるらしい。

 何よりもモンスターにも専用言語があって、聞くことで学習が出来る。場合によっては宝の在り処を喋っていたりヒントを知る事が出来たり。

 こうやって学習していく事が思ったよりも重要な意味を持っている事もある。会話出来れば受けられるミッションもあるらしい。


「Shu、どうも今、エリアにリーダーが居るらしい」

 リーダー……つまり、ボスが戻ってきている、と言う事だ。会話が理解出来るとそう言う情報をNPCが雑談として会話しているのが分かる。だからそれを目安に情報収集が出来る。いつの間に憶えたんだろうか、OOKAMIは聞き取れる様だった。


『Dungeon Boss Respawn now』

(ダンジョン・ボスが今丁度、湧いてるぞ)


 OOKAMIがオレンジのテキスト……エリア・チャットで発言する。こうやって情報を共有する事で、人が集まってきたりするから楽しい物だ。

 返事の様に『Ty』『Alright』『omw』というメッセージが流れる。TyとはThank You、omwはOn My Way……『今向かってる』と言うネットスラングだ。

 英語と言っても単に意思疎通する為でしかない。プレイに言葉は余り必要がない。人と言うのは、相手の言う事さえ分かれば案外楽しく一緒に遊べるものだ。


 俺とOOKAMIは他の奴が来る前に衛兵を倒して、門の中に入って行った。どうせ追いついて来る奴らは入り口付近でRepop……『湧いた』モンスターを処理してから入ってくるだろう。大体三分から五分で湧くし、倒していればそれなりに時間だって掛かる筈だ。

 そんな判断をして、俺達は先に中に入る事にした。衛兵らしきモンスターが逃げ出そうとするが、そのまま背後から斬りつけて倒す。


「Nice work, Shu」

(いい調子だぞ、Shu)


 そう言うOOKAMIに親指を立てるエモートをして応える。さあ、狩りの時間の始まりだ。



 巡回のモンスターが背中を見せた瞬間、俺はSHIFTを押しながら疾走した。そのままSpaceキーでジャンプし、続けて左右の足でアクション操作を行う。

 ダッシュからの連続二段蹴りだ。スタミナ消費が増えるがディレイを無視出来る。

 このゲームでは足での攻撃も普通に行う事が出来る。大抵の場合は相手の体勢を崩すアクションで、こうすることで相手が転倒したりよろめいたりする。そうやって時間を稼いで、そのうちに攻撃を一気に叩き込むのが常套手段(セオリー)だ。


 俺達はどんどん奥へと進んでいく。手前辺りにいるモンスター程度じゃあスキルは殆ど上がらないし何よりも簡単に倒せてしまう。

 俺は今十七ランク。OOKAMIは十六ランクだ。確かウィキじゃあこのエリアのボスは二十ランクらしいから、二人でも結構進めるだろう。

 基本、俺が前衛で二刀流で相手を滅多斬りにする。後ろからOOKAMIが弓で攻撃をして後衛のサポートをする。それが俺らの基本パターンだ。

 通路を進んで行くと前の方から戦闘音が聞こえる。どうやら俺らよりも先に来ている先客がいたらしい。エプロンドレスのちっこい女キャラが巡回のモンスターと戦闘していた。

 この辺りだと割と修行を兼ねて低ランクのプレイヤーが頑張っているだろう。何処かで見たような気もするが、ここでは割とランクの高めな俺は特に何もしない。そのまま横を通りすぎて奥へと向かう。

 OOKAMIはただ一言、『good hunt =) 』(いい狩りを)とだけそのプレイヤーに声を掛けた。


 五分程進むと、奥に地底湖があるのを見つけた。その周囲にはモンスターがウロウロとしていたり高台から見下ろしていたりする。ざっとみて……ランクが十五から十八だ。ここならきっとかなりスキルも上昇するに違いない。

「うん、そうだね。ここならきっとかなり美味しいだろうね」

 OOKAMIもここでやる事には賛成の様だ。そのまま俺達はそこでキャンプを張る事にした。


 キャンプを張ると言うのはそこを拠点にして狩りをする事だ。『キャンプキット』と言うアイテムを消費する事で焚き火が設置される。それを見れば他の人間も『ここで狩りをしている奴がいる』と言う事が理解出来る。合流したい奴はその焚き火の傍を彷徨(うろつ)いていたりすればいい。別チームが来てもここでは既にやってる奴らがいる、という目印にもなる。

 本来は料理したり疲労を回復したりする効果がある設置アイテムだが、こう言うダンジョンの中では主にキャンプの目印に使われる事が多い物らしい。

 このダンジョンはまだ明るいが、他のダンジョンだと光自体が余りない場合も多い。そんな時に松明を持つ役の奴を準備出来ない場合にも設置されたりする。

 このキャンプキットでの設置は一定範囲内では複数の設置が出来ない。ワールドリソースの無駄な消費を防ぐ為だと言われていた。


 俺達が狩りを始めてから二十分位過ぎた頃だろうか。俺達の戦う脇を通り抜けて行く奴らがいた。通りぬけざまに声を掛けてくる。


「hehe, Happy Hunting :-D 」(へへ、ハッピーな狩りを)

「You too. Take care. =) 」(ああ、アンタも。気をつけろよ)

 OOKAMIが返事を返す。チャットのメッセージログに先程のエリアチャットで出た名前が表示されている。ああ、と言う事は……あいつらはきっと、エリアボス狙いだな。


 戦い始めてから俺達のランクはそれぞれ二ランクも上がっている。つまり俺が十九ランク、OOKAMIは十八ランクだ。

 ボスはやってみたいけど流石にまだきついだろう。ここで余裕で勝ち進める位じゃないと、流石に勝てる気がしない。

 直後、俺達のすぐ近くで名前の前にElite(エリート)と言う文字がついたモンスターが現れた。


 ……おお、凄い!! 確かに強いし硬いけど攻撃する度にスキルアップの表示が出る。攻撃を受けるとヒットポイントが大きく減るがそれでも回避さえ出来れば大丈夫だ。

 同じ様に弓で攻撃をするOOKAMIもとても楽しそうに攻撃を続けている。目に見えて成長していく、と言うのは楽しい……と言うより嬉しい物だ。

 俺の三連撃を受けて、Elite(エリート)モンスターはそのまま地面に倒れた。


「凄い、ここに来てもうスキルが十近く上がったぞ!」

 OOKAMIが嬉しそうにそんな事を言う。俺も確認してみると、入った時よりも斬撃(スラッシュ)スキルが十一程上がっている。すげえ……ハイリスクだけどハイリターンだ。美味すぎる。

 これならもっと早く来ていれば良かった。表で狼や熊を相手しているより余程いい。何よりもここのモンスターは多少の装備とゴールドもドロップする。

 熊や狼は肉や皮が殆どで、それを売れば確かにゴールドにはなるが効率が悪い。ここはまだまだ街の近くで、いわゆる初心者エリアだ。いつかはもっと遠く離れた未開のダンジョンにも行ってみたい。

 そんな俺の言葉にもOOKAMIも同意して見せる。

「もっと強くならないとね。お金も稼いでもっと射程のある長弓を買わないと」

 そんな時、チャット欄でエリア全域に聞こえる、叫び声(シャウト)の赤い文字が流れた。


『TRAIN TRAIN RUN RUN RUN !! GO AWAY, ESCAPE GUYS !!』

(トレインだトレイン、お前ら走れ!! 早く逃げろ、お前らも避難だ!!)


 あー……やっちゃったかー。

 あいつらが進んでいった先、少し向こうの方で岩棚にある窓から一人、飛び降りるのが見えた。他の奴の姿が見えない、と言う事は……途中の通路を走って来ていると言う事だ。つまり……途中のRepop(リポップ)したモンスター全てが、一斉に追いかけてくる!!


「Hey、Shu、エントランスに走れ!!」

 OOKAMIが慌てた感じで入口の方向に向かう。 俺も同じ様に、OOKAMIの後を追った。

 途中の通路でOOKAMIに追いつく。何やら誰かに声を掛けていた様だが、直ぐにOOKAMIは入り口に向かって走り出す。そのまま俺はすれ違った奴を見たが、未だに戦いを辞めようとしていない。


――こいつ、()き殺されるな、多分。

 まあそれもいい経験さ。そう言う経験をして、楽しさを身をもって味わっていく。こう言う事も楽しさだ。俺は知ってるから逃げるけどな。


 俺達がエントランスまで戻ると、十人程のプレイヤーが既に避難していた。中にはダンスをしている奴もいる。

 日本のゲームだとこう言う事があると文句を言う奴が多い。このゲームだとそれすらイベントの様に楽しむ奴らが殆どだ。そんな中でOOKAMIと笑い合う。

 こう、何というんだろうか。怖い物から逃げおおせた安心感と言うんだろうか。もし延々と戦うだけで、ただ倒すだけなら作業そのものだ。

 そう言う意味では余り日本のゲームで感じた事の無い楽しさだった。



「ああ、けど……さっきの子、駄目だろうなあ」

 OOKAMIはダンジョンの扉を見て、不意にそんな事を言いだした。こいつどうこう言っても優しいからなあ。

 まあ、それもこのゲームの在り方だし仕方がない。経験しないと判らない事だって多いし、次からはうまくやるだろうよ。俺の言葉にOOKAMIは『まあ、そうだね』、と苦笑する。

 その後アタックを仕掛けた奴らが逃げ出してきた。何とか武器も落として居ないみたいで余り反省していない様に明るく謝罪し始める。


「hehe sry sry(へへ、わりわり)、まさか勝てないとは思わなかったわ」

「No Probいいよ、haha、面白かったぜ」

 そんなことを他の奴らが答える。

 No Probというのは……ノープロブレム、の略で『問題ない』と言う事だ。

 俺らは普段、『狩り』と言う単語を使うがワールド的には『危険な処』に来ている。そんな中で事故だって幾らでも発生する。特に初心者エリアのダンジョンじゃあこんな物なんだろう。

 それから俺達はその場にいる知らない奴らと雑談をして過ごした。


 大体五分から十分程過ぎてから、だろうか。そろそろ収まっただろう、と言う事で再度ダンジョンに入る事した。

「せめて今日はランク二十まではしたいからね」

 OOKAMIのそう言う通り、俺も出来れば二十にはなりたい。あと一ランク上がれば二十だし、OOKAMIだって二ランクで二十達成だ。

 取り敢えず入ろう、と言う事になって入ってみる。トレインの発生した後のダンジョンは台風の過ぎた後の様なありさまだ。位置固定の弱いモンスターは居るが、入り口付近の巡回が居ない。俺達は途中にいる弱い雑魚を倒しながら順調に進んでいった。

 そんな時だ。前を偵察しながら進んでいたOOKAMIが声を上げた。


「……Shu、あの子だ……Oh GODなんてこった……」

 OOKAMIが角を曲がった処で立ち止まって、呆然と立ち尽くしている。

 何だ、何があったんだ? 通路の先から何かを弾くいい音が聞こえるけど。そう思って通路の角を出ると……うへぇ……ボスか、あれ。一回りでかいモンスターが戦っているのが見えた。

 小さすぎる姿の所為もあって余り目立たないが、さっきのちっこいのが戦っている。言葉なく立ち尽くす俺の横でOOKAMIが変な声を出した。

「有り得ない……あの子まだランク九だよ……」

 その声に俺も思わずガキのアバターをフォーカスさせる。画面にはランク九の文字が表示された。


Charles(シャルル) Perrault(ペロー)

 少女の言葉がチャット欄に表示される。その言葉と共に足元にいる猫がにゃあ、と鳴いてダメージ反射エフェクトが展開される。

 時々、右手の武器のダメージが表示されるが、一と言う数字しか出ていない。それに対してスキルペットのダメージは二桁の数字が出ている。

 ……そうか、こいつ。ダメージ反射だけでボスのライフを削ってやがるのか……。

 ボスのライフは三割近くが削れている。スキルペットの値はランクには反映されなかった筈だ。何よりも……キャラクターの冒険者ランクが低すぎて、通常攻撃は当たらない。それをダメージ反射で『必中』させている。

 こいつがダメージ自体を殆ど受けていないのは反射スキルの恩恵もあるんだろう。ランクが低いと言う事は、シールドで幾ら防御しても貫通ダメージが入る。だが、それも殆ど入ってはいない。でなきゃ貫通ダメージだけでとっくに死んでる。

 見ている限りでは回復POTも使っている様だ。でも……こいつ、シールドガードのスキルだけは高いんだろう。鎧も付けてないし、きっと装備の所為で全体のランクが低くなっているに違いない。

 俺の横でOOKAMIがシャウトをして、そのテキストがチャットログに流れる。

『クレイジーな奴がいる……ランク九で、通路でボスと戦ってるぞ!!』


 よく見れば見る程、こいつはまともな冒険者の装備をしていない。着ている服は子供用の初期服でエプロンドレスに頭にはブリムという初期装備だ。これは元々殆ど防御力が無い、どちらかと言うとただの服だ。

 長袖の上から初期装備のレザー・ゴーントレットはつけているが他に鎧を付けてない。そんな格好でただひたすらボスの攻撃に合わせてシールドガードだけをしている。

Charles(シャルル) Perrault(ペロー)

 再び少女の言葉がチャット欄に流れ、猫の鳴き声とスキルが発動する。言葉の前に付いている名前を見た時、俺は思い出した。


 Maria……って、あん時のクソガキか!?

 プレイし始めて二週間位の時、OOKAMIと出会って一緒に遊び始めた頃、街で、花壇の広場で俺を無視して猫に延々構ってたアイツか!! そう言えばあの猫……あの時追いかけ回してた、白い猫? 結局ペットに出来たのか……。


 複雑な心境で見ていると他の奴らが集まってきた。集まった奴らは最初は信じられない物を見る様に、立ち尽くすだけだった。

「my god......」

 そんな呟きだけがチャット欄に流れる。ボスアタックを仕掛けた奴も居て、俺が倒さないのかを尋ねると楽しそうに否定する。

「俺らは逃げ出した。もう今回、俺らに倒す資格なんて無いさ」

 そうやってクソガキ――Mariaが戦うのをただじっと見守る。


 スキルペットと言う物は通常のスキルとは違う。チャット入力でペットの名前を呼ぶ事で発動する、珍しいシステムだ。その分使いにくいし、使う奴も辞書やマクロ登録して居たりする。

 但しペットの育成をする事で威力は通常のスキルよりも遥かに強くなるらしい。鳥のペットを使う奴は回復能力で結構バカに出来ない回復量がある。OOKAMIも弓を使う関係上、犬をペットにしようかと悩んでいた筈だ。


 何度目の言葉だろうか。

Charles(シャルル) Perrault(ペロー)

 そう言って猫が鳴いて応え、ダメージ反射スキルが展開、発動する。猫の鳴き声が通路に反響し、三度目の防御をした時、ボスが地面に横たわった。


「Woohoo! BRAVO!!」(ひゃっほう! ブラボー!!)

「Congratulations!!」(おめでとう!!)

「Gratz!」(やったな!)

「Great Work, Girl !」(すげえぜ、お嬢ちゃん!)


 その場にいた奴らが口々にそんな言葉を贈り、拍手のエモートをしてみせる。ガッツポーズをする奴までいる。

 俺は倒す瞬間をスクリーンショットに保存して、ファイルの確認をしていた。自分の時は大抵忘れているんだが、他人の時に限って何故か忘れない物だ。

 そして画面を見ると、チビガキは倒したままで動いていない。けれど顔だけ後ろを――こっちを振り向いた。確かEキーを二度押しで背後が見れた筈だ。

 しばらく身動きもせず居たかと思うと、突然チビガキはダンジョンの入り口へ向かって駆け出した。

 小さな白い猫がMariaの立ち去る後に続き、残された俺達はただ笑って語り合うだけだった。


「hehe、シャイ・ガールだな」

「しかしあんな戦い方、初めて見た」

「良い物見れたな」

「Tankなんてレアキャラだよな」

「俺のトレインのお陰だな」

「……お前はちょっと黙ろうな?」

「分かったから、反省しような?」


 口々にそんな風に雑談をする連中を尻目に、俺はOOKAMIに画像を保存した事を告げる。OOKAMIは即座に「メールで送ってくれ!!」と返答してきた。

 それを聞いていた連中も一斉に俺にフレンド登録を仕掛けてきた。OKするとすぐさま、『さっきのスナップをよこせ!』というメッセージをよこしてくる。その対応に俺はその日、ゲームを終えた後深夜一時位まで眠る事が出来なかった。


 ……最近まではそれ程酷くは思っては居なかったんだけどな? 最近、海外のゲーム掲示板で、

「maybe she is living in Japan」(多分、彼女は日本に住んでいるよ)

 ……という一文を目にした。

 それで俺はやっぱり許せん、と考える様になった。同じ日本人だからこそ思う事だってある。挨拶は何よりも礼儀の基本だ。

 じゃあお前はちゃんと挨拶したのか、と言われると少し苦しい物がある。でも、それでも話し掛けて無視すると言うのは駄目な事だろう? うん、俺は間違ってない。

 あの時に俺達の前でやって見せた事は確かに凄いと認めてやる。それでも俺は結局、一度も口を開かなかったMariaに対しては決していい印象は抱いてはいない。


 先日OOKAMIから、あの時のスクリーンショットを人に見せた、という連絡が来た。どうせワールド内で逢う事になるのに、律儀な奴だ。

 さあ、今日はどこにいこうか。やっと念願だった漆黒のコートも入手出来たしな。遺跡探索と洒落こんで、Named(ネームド)倒してアイテムドロップを狙うのも面白そうだ。フィールド上でジャイアントやグリフォンを倒すのもいい。

 俺達の冒険はまだ、始まったばかりだ。


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