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序 章――『鉄壁のマリア』の噂


 オンラインゲーム――いわゆるネットゲームで有名になるのは簡単に見えて実はとても難しい事だ。

 一つの『ゲーム』と言う閉鎖空間があって、その中だけで有名になるのは容易いかも知れない。けれど数ある『ネットゲーム』を通して有名になる事は普通ならありえないのだ。

 例えば、とあるゲームで有名になったとする。だけどそれは言うなれば『小さな劇場で有名になっただけの俳優』に過ぎない。その劇場を離れて別の劇場に行った処で周囲は素人としか見てくれない。知名度が一切なくなってしまう。そうなればもう役者として扱って貰うのは無理でゼロから積み上げていく以外に方法が無い。

 結局、『特定のゲーム』で有名になった処で通用するのはその『特定のゲーム』の中だけ。決して『ゲーム』と言う全体を通して有名になった訳ではないのだ。


 そうなってしまう原因の一つがシステム。ワールドによって基準が違いすぎる為だ。

 そもそもMMORPGに於いてシステムはどれも絶対的に違っていて共通点が少ない。似た様な事が出来たとしてもそれによる効果が全く違う。表面的には同じに見えてもその実、全くの別物だ。他のワールドと互換性も無いしスキル制やレベル制と言う仕組みもまるで違う。

 そんな統一されていない『ゲーム性』では比較する事すら難しい。それはもう仕方のない事だった。


 逆に――同じ様にネットワークを通じて出来るゲームに『FPS』と呼ばれる物が存在する。これは『ファースト・パーソン・ビュー』によるシューティングゲームを指す。

 この形式のゲームはどれも基本的な部分は似通っていてベースシステム自体が同じ場合も多い。だからFPSの場合は一つのゲームで強ければ他のFPSゲームでも同じく強い。同じ操作方法と判定でプレイヤーの腕だけがダイレクトに出るから有名になったプレイヤーは他のFPSでもそれなりに有名だ。


 これに比べるとMMORPGと言うジャンルは土台がバラバラ過ぎる。一つのゲームで強いプレイヤーは他のゲームでは下手をすれば素人にも劣る。キャラクターの育成と言う要素もあって余計に比較もし辛い。だからどうしてもMMORPGに於ける『有名人』は現れにくいのだ。

 そんな中であるプレイヤー……いや、アバターか? その名前が海外サイトで取り上げられているのを私は見つけた。


『Maria The Iron Maiden』――日本語に置き換えると『鉄壁のマリア』と言った処だろうか。

 既にスレッド自体に非常に多くの投稿がされている。

 キャラクターの名前が『Maria(マリア)』。それ自体は別に特別な名前ではなく極ありふれた普通の名前だ。海外だけでなく日本でも『マリア』と言えばメジャーネームの一つだ。マリアと言う名前は日本のサイトや掲示板でもよく見る事が出来る。アニメや漫画、小説でも頻繁に用いられる名前だ。西洋では宗教上で登場する聖女の名前で世界規模で知られている。

 その堅牢さ加減からか、いつしか周囲のプレイヤー達が『鉄壁のマリアマリア・ジ・アイアン・メイデン』と呼び始めたらしい。

 問題なのはその名前が知られているのが一つのワールド、MMORPGタイトルに限られていない事だ。その名前が複数のゲームワールドにまたがって存在していると言う事だった。


 私は興味深くスレッドを読んで追いかけていった。

 どうやら話題になっている『Maria』のプレイヤーは日本に住んでいる――らしい。

 らしい、と言うのは本人がそう喧伝したからではなく、単純にそんな噂があると言うだけだ。彼女の言動を見てそう考えたプレイヤーがいた、と言うに過ぎない。


 少女アバターなので『彼女』と呼ぶ事にしよう。

 彼女に関する逸話で一番最初に挙げられるのはとあるMMORPGに於けるワールド・コンテンツ攻略だった。

 Raid(レイド)と呼ばれる、多人数で参加する攻略コンテンツがMMORPGには存在する。これは五人や一〇人と言った規模ではなく五〇人近い人間が集まって挑戦するユーザーによるイベントに近い物だ。

 そのレイドでメンバーが次々に倒れていく中、たった一人だけで最後まで立っていたと言う。

 それもただ『生き残った』と言うだけではない。その結果、それを見た参加プレイヤー達が一致団結した。その姿が心折れたプレイヤー達を奮い立たせたと言うのだ。そして最終的にはボスの討伐――攻略成功にまで繋がったのだと言う。

 そんな『完全敗北』であった筈の状況を覆しての『完全勝利』。逆転勝利のキー・パーソンとして知名度が急激に跳ね上がったらしい。


 実際の処、これは特に『凄い』と言う程の話ではなかったりする。と言うのも先に述べた通り、『MMORPG』と言うシステムである為だ。

 ゲームとしての『土台』が違う。『共通したシステム』ではない。例え一つのルールで強い、と言われた処で所詮は『そのルール』限定での話でしかない。

 野球選手がサッカー選手にサッカーで挑んでも勝てない。テニスプレイヤーはどう頑張っても格闘家には勝てないのだから。

 それこそお山の大将、井の中の蛙でしかない。話題になったとしても語るべき点が無いのだ。知らない人間から見れば結局『知らない話』であって知る必要すら無い。


 いわゆる『MMORPG』と呼ばれるゲームは、とにかくバランスが悪い物が多い。プレイヤーの技量よりもキャラクターのレベルや選択したスキルが重視される。その上、ゲームバランスが運営の方針や都合で頻繁に変更されてしまう。ちょっとした運営のさじ加減で、強いと言われていた職業(クラス)が最弱に落ちる事もある。

 強くなりたければ、そのゲームで有利に設定された能力を持つクラスを選ぶだけだ。腕が無くても簡単に、すぐに強くなれてしまう。根幹となるシステムが統一されているFPSと決定的に違うのがこの点だった。


 結局、強さを求めるだけなら殆ど努力が必要とされないのだ。それが『MMORPG』と言うゲームの売りであり、弱点でもある。

 判断力や決断力、反射神経や直感と言う物が殆ど影響しない。クラスやスキルで強いだけ。使うタイミングの上手い下手はあっても、比較的簡単に誰でも『強い事』に出来てしまう。

 そんな強さは『拳銃は強い、だから拳銃を使う』と言う様なもので、私には殆ど意味が無かった。だから私は最初、持ち上げられただけの人物――単なるローカルヒーローやアイドルの様な物だとばかり思っていた。



「え? Maria(マリア)……ですか? もしかしてあの、『アイアン・メイデン』?」

 同じ編集部で働く鈴木に尋ねると、彼は素っ頓狂な声をあげた。

 彼は仕事と趣味が同じで、ネットゲームが趣味だ。よく遊んでいると耳にしていたから詳しいと思い尋ねてみたのだ。しかし……予想よりも食いつきが良かった。


「Mariaはネットゲーム界隈じゃちょっとした有名人ですよ。彼女、FPSにも出てきた事があるらしくて。ただし、『ガードがある物』に限定されるらしいッスけどね?」

 彼女――と言う事はやはりプレイヤーも女性なのだろうか? しかしそんな私の疑問に鈴木は苦笑しながら首を横へと振る。

「いえ、単にキャラが毎回『Maria』って名前なんスよ。プレイヤーの事までは一切分かってないんスけど、大抵は女性キャラですからね。そんな名前、腐る程いますし本人かどうかまでは分かってません。ただ、それが毎回同じで防御に特化してて、また上手いから目立つんです。ですからその影響を受けて防御の練習を始めるプレイヤーも結構増えてきてるみたいッスよ?」


 要するに『真似られる』程度には知名度が高い。それに防御限定と言う事は少なくとも一般的に普及しているFPSでは無い。

 通常『FPS』と呼ばれるシステムはガン・シューティングが基本だ。だからそもそも防御という概念が存在しない。フィールドに配置されている壁などの物体、オブジェクトを利用する位でそれを能動的にアクションとして防御する事自体設定されていない物が大半だ。それに近接戦闘もナイフを使う事はあっても防御的な意味で行うアクションは少ないし出来ないと言う方が近い。


 それでも複数の『ワールド』にまたがって有名になっていると言うのは意外だった。まさかMMORPGからFPSにまで手を伸ばしているとは思ってもいなかった。

 もしそれが日本に住む『日本人』ならば面白い記事になるかも知れない。日本のE-Sportsで登場するプレイヤーは兎に角演出が過剰で海外では話題にもならない。それなのに彼女は海外の掲示板で相当話題になっている。アメリカ、フランス、ドイツ、スペインと話しているユーザー達も各国から集まっている。そんな場で話題になるだけでかなり優秀なプレイヤーだと言えるだろう。


 そんな興味を抱いた私の顔を見て、鈴木は少し意外そうな顔つきに変わった。

「えっ……橋本さん、ひょっとしてMariaを追い掛けるつもりなんスか? マジで?」

 苦笑して言う鈴木に私はその理由が分からず思わず首を傾げる。それで彼はおずおずとしながら答えた。

「あ、いやぁ……けど難しいと思いますよ? 確かにガードは凄いらしいんスけどね? でも……彼女、特にハイスコアラーって訳じゃないんスよね……」


 それは少し意外な話だった。

 普通、こういったゲームで有名になるのは大抵がハイスコアラーだ。例えどんなに凄くてもそれが成績に繋がらなければ並み以下だ。それが『ゲーム』と言う世界での共通事項で、だからMMORPGでも秒間ダメージを計測したりしてしのぎを削っているのが現状だ。

 如何に防御が凄いとしても、それだけなら話題になる事も無いし有名になる筈が無い。そんな私の疑問に鈴木は頭を掻きながら、苦笑して話した。


「もうあれは都市伝説みたいなもんスよ。攻撃主体のゲームが増える中で、防御主体で活躍する奴なんて先ず居ないッスからね。何より地味だし? 攻撃より防御重視だからダメージレートじゃ活躍出来ないんスよ。例えば……ネトゲ題材のアニメなんかでも大抵主人公ってアタッカーでしょ? 華麗に避けて大ダメージ叩き込む、って方が絵的に目立ちますしね。だからタンクなんて雑魚同然、基本的に脇役扱いです。薙ぎ倒されて引き立て役に使われるってのが現状ッス」

 そういうと鈴木は少し遠い目になって窓から見える外へと視線を移した。何やらため息の様な声も聞こえて来る。

 しかしそれでも鈴木はボソリと小さく呟く様に続けた。

「……ただ、Mariaは兎に角最後まで一人でも立ち続けてるって、そんなイメージです。有名になったきっかけだって、レイドがワイプ寸前までいったのにたった一人立ち続けて。他の倒された全員がまた集まって、現地に集合するまで三〇分位。それまでたった一人で耐え続けてたそうです……そんなん見せられて燃えない奴はいないっしょ?」

 ワイプと言うのは要するにワイパーと似た意味だ。拭き取る様に綺麗に『全滅』させられる。そんな意味で使われる海外MMORPGでのスラングみたいな物だ。


 しかしそれを聞いて私は少し驚いていた。私はFPS出身で鈴木はMMORPGが中心。接点自体が殆ど無くて余り会話した事も無いのに饒舌(じょうぜつ)に語ってくれるとは思っていなかった。

 それにその口ぶりを聞く限り、まるでその現場を見てきたかの様にも聞こえる。確か鈴木もそのタイトルはプレイしていた筈だ。もしかしたら本人と出会った事だってあったのかも知れない。しかしそんな期待に満ちた私の目を見ると彼は苦笑しながら首を横に振った。

「あー……いえ、残念ながら伝え聞きッス。あのゲームは確かに僕もやってるんスけどね?」

 そう言いながら鈴木は私の机に置いてあったゲームパッケージを手に取って眺めた。

「けどね。もう駄目だって場面で一人だけ立ち続けてくれてるって凄い事なんスよ。心折れてそこで終わったら全員の中に残るのって敗北感だけじゃなくてね。あの時こうすりゃよかった、あいつが悪いみたいな批判が出て結局二度と同じメンツが集まらないなんてザラっす。だけどそれをさせなかった。滅茶苦茶痺れる、超格好良い。何よりそいつがいるだけで何とかなるかもって思わせられるとかマジパねぇッスよ。ただ倒すだけの奴より、そっちの方がよっぽどヒーローだって僕ぁ思いますね……」


 そういう鈴木はまるで子供の様に目をキラキラとさせて熱く語る。そしてそんな彼を見て俄然興味が湧いてきた。

 一人で勝利するのではなく、仲間の精神的支柱となって奮い立たせる存在。それは確かにFPSでもいるが状況をひっくり返す事が出来る者なんてそうはいない。それが全滅しかけた状況から、と言うのは実にドラマチックだ。


 しかしそんな風に軽く興奮気味に語る鈴木を見て遊んでいると思ったのだろう。

「――おい鈴木! 例のゲームレビュー、出来たのか!?」

「うぇ……あ、いや、今丁度、ちょっと橋本さんの記事の相談に乗ってたんスよ……?」

 サブチーフから睨まれて鈴木の顔が忌々しそうに歪む。そのままため息交じりに自分の席へと戻っていく。しかし彼は途中で立ち止まると私に振り返った。

「……橋本さん、Maria追い掛けるんなら必要なら言ってください。手伝いますから」

 それで私が匿名掲示板の情報収集を頼むと鈴木は頷き、自分の席へと戻っていった。


 取り合えず、最後のコラムの題材が決まった。

 次は『鉄壁のマリア』にしよう。

 ネットゲーム、特にMMORPGではタンクと呼ばれる職業は重要な割に扱いが酷い。地味で目立たないから誰もやりたがらない。他の職は失敗しても許されるのにタンクだけは許されない。だから余計に皆やろうとはしない。


 早速私は何から手を付けるべきか、思案し始めていた。



 先ず、私は最初に海外での掲示板の書き込みを追い掛ける事にした。中でも『ランクが低い頃のMariaも凄かった』と言う書き込みの主に連絡を取った。

 日本の掲示板と違って海外の掲示板は相手に連絡を取る事が出来る場合が多い。匿名であっても登録しているユーザーが圧倒的に多いのが救いだ。

 翌日、直ぐに返事のメールが届いた。



●証言〇一・|D@rksM@sherダークスマッシャー氏のコメント(意訳)


 わざわざ連絡をくれてサンクス。

 でも……へえ、ゲームマガジンのライターかい?

 そうだな。率直にあの頃の事を話そう。


 あの頃、僕はゲームフリークのフレンドと一緒に初級ダンジョンに行っていた。かなりエキサイティングなダンジョンで、大勢のローランクが押し掛ける処だ。

 そんな中でトレインが発生したのさ。


 トレインって何か、って?

 戦闘で勝てないと思ったプレイヤーが逃げ出して、Mobが追いかけて出来上がる大行進の事さ。当然実際の列車(トレイン)と同じで、弱い奴がその進行先にいれば絶対に『轢き殺される』。まあ突発的なお祭りみたいな物だね。


 あのフロアのボスに誰かがちょっかいを出して、勝てなくて逃げ出したんだ。中程位で頑張ってるプレイヤーにとっちゃあそりゃもう大惨事さ。ハイランクのユーザーが居る事もあるんだけど、丁度その時居なくてね。


 シャウトを見て、僕もフレンドと一緒に逃げ出したんだよ。そしたら、通路でまだ戦ってる奴がいるじゃないか。

 ヘイガール、逃げろ、トレインだ、って勿論言ったよ?

 それでもずっと戦ったままで、返事すらしないからそのまま放置したのさ。下手に残って巻き込まれちゃあ堪らないからね。


 それから十分位、他プレイヤー達とダンジョンのエントランスでバカ話をしてた。けどそいつの姿がない。ダンジョンから出ても来ない。だからああ、ありゃあ死んだな、リスポーンポイントに飛ばされたか、と思ってた。


 そろそろトレインも収まった頃だと思って、ガールのいた処に行ってみたのさ。あのゲームは死ぬと荷物が落ちるからね。いやいや、略奪(ルート)しようだなんて思ってなかったよ? 自分より十近く下のランクの荷物に手を付けるなんて恥晒しもいいとこだからね。

 僕は盗人じゃなく、冒険者だ。冒険者仲間として、せめて回収して渡してやろうと思ったんだよ。

 いや、別に恩を売って仲良くなろうだなんて……ヘヘ、それもゲームの楽しさだよ。


 けど、実際はそうはならなかった。

 さっきの通路の近くまで行くと、戦闘の声やら音が聞こえるじゃないか。早速先に入った奴らが狩りを始めてるのか、と思ったら違った。

 あの姿を見た時は画面の前で思わずのけぞったね。さっきのトレインのボスと誰かがそこで戦っていたんだよ。


 オゥゴッド、マジかよ。さっきのガールじゃないか。

 シールディングでダメージは抑えてるけど、ナイフでのダメージが殆ど出てない。なのにボスのライフが三割以上は削れてるじゃないか。すげえ。

 思わず僕はシャウトしたね。


『おい、クレイジーな奴がいるぞ、ランク九でボスと戦ってやがる』

 それで興味を持った奴が集まってきた。確か八人位は来た筈だ。


 あの時、僕のランクは確か十八か十九位で、周囲も似たり寄ったりだ。ボスは二十ジャストで、それでも負ける可能性が高い。それをソロで、その上半分程度のランクでやってるんだぜ? クレイジーにも程があるだろう?


 見てると気付いたんだけど、彼女は殆ど攻撃してなかった。少し前に導入された、スキルペットを使ってたのさ。

 育てればノーマルスキルより強くなるらしいけどね。だけど手間過ぎて誰も手を出さない。

 それでソーンスキルを利用して防御だけで削ってやがった。ああ、これは受けたダメージを反射するスキルだね。

 それをチョイスする奴なんて殆どいない。なんせアタックがメインでディフェンスは役に立たないって言われてたからね。

 

 そこから結局、四十分程掛かって一人でボスを倒しやがった。エリアにコングラチュレーションズの声が響いた。

 あんなの見たのは初めての経験だったよ。


 それが僕の知ってる、ローランク時代のアイアンメイデンだ。終わった後、彼女は何も言わずに逃げる様にダンジョンを出て行ってしまった。


 皆で何故助けなかったのか、だって?

 人のやってる獲物に手を出す恥知らずなんていない。それも自分たちよりローランクが頑張って戦っているのに、ヒール以外手助けなんてしない。

 ゲーマーの矜持だよ。助けるだけが『助ける』事にはならない。


 横から殴って助けるのはそいつのチャレンジの邪魔をする、って事だ。相手の誇りに汚点を付ける事なんて誰だってしたくない。倒した、やり遂げた栄誉はそいつだけの物なのさ。


 それきり、彼女と逢う事は無かったけど、唯一フレンドが撮ったスクリーンショットがある。これは未公開で僕らだけの楽しい思い出だ。添付して送るけれど見るだけで、マガジンへの掲載だけは辞めといてくれ。


 それじゃあ、頑張って記事にしてくれ。

 CU(シーユー)(またね)。



 添付されている画像には、少女のアバターが映っていた。エプロンドレスの様な服装にシールドとナイフを持って戦っているのが見える。一緒に脇に映っているキャラはどれも鎧らしい物を装備しているのに、だ。

 なのに彼女だけはどうやら鎧も何も装備していない。それが相当不自然というか……違和感がある。脇に映る白い猫が恐らくメールに書いてあったスキルペット、だろう。


「あれ……それってもしかして、Mariaですか?」

 プリントアウトした画像を眺めていると、不意に後ろから声が掛かった。いつの間にか再びやってきていた鈴木が覗き込んでくる。

「うへ、すげえ……アバター画像なんて初めて見ましたよ。でもこれ……なんか、あのゲームで作れる最年少キャラより小さい気が……確かランダム生成限定で、通常ビルドよりも子供のキャラが作れる、って。そんな話、聞いたことありましたけど……まさかね」


 西洋のゲームでは確か『子供が戦う』と言う事に対して非常に厳しい筈だ。だから大抵は青年キャラクターから、となっている筈なんだけれどこのゲームじゃそうじゃ無かったんだろうか? そう疑問を口にすると鈴木は小さく頷いて説明してくれた。

「ああ、あれは戦闘だけじゃなくて生活とかだけでも行けるんですよ。スキルスタイルのゲーム、って奴ですね。最近はあまり見かけない『キャラが年齢重ねていく』って奴ですよ」


 スキル制システムのMMORPGは実はそれ程多くは存在していない。と言うのもレベル制システムを作る方が製作者からみて圧倒的に楽だからだ。

 レベルと言う基準がそのまま敵の強さの目安になる。だから製作者側は余り深く考えずに強さを調整する。そのレベル位のプレイヤーならギリギリ勝てるかどうかと言う位適当に。勿論それが原因でバランスは一層おかしくなってしまうのだけれど、それに気付いている製作者は少ない。


 例えばFPSの対人コンテンツは基本的に出来る事に対するルールが厳密に決められている。それにはレベルも何も関係が無い。あるのはオートエイムでなければプレイヤー自身の腕だけでMMORPGとは違って下手に職業と言うクラス分けがされていない。

 より公平感が強く感じられる様に調整されている。だからFPSに於いては強いプレイヤーはどのFPSをプレイしても強い。如何に外装が変わってもゲーム自体の本質は何も変わっていない。だから成立している。

 しかし最近のMMORPGは下手に対人コンテンツを導入する傾向にある。これはコンテンツ消費速度が早くなってしまい新しく準備する限界にきている為だ。

 しかしそれが原因で元々(いびつ)だったバランスが更に崩れて露呈してしまう。改築で無理やりそれを誤魔化して続けるから加速度的に崩壊していく。

 それにプレイヤー同士の叩き合いも苛烈だ。西洋でゲームがスポーツとして成立するのは公平かつスポーツマンシップを持っているからであって、アジアは全体的に『敵は殺すべき敵』と認識しているからスポーツにはならない。

 それに常識で考えればバランスが悪いのは製作者側の落ち度だが何故か不遇な職を選ぶと『選択したプレイヤーが悪い』と言う事になってプレイヤーがプレイヤーを叩く。

 そんな異常な事が普通の事としてまかり通っている。


 そう言う点で考えるとこのタイトルは『生活シミュレーション』として完全に割り切ってしまっている。戦闘すらも『生活の一部』だとプレイヤーが納得する形に仕上げていて、かなり好感が持てる。判定自体はゲーム的だがゲーム内容はきちんと統一感をもたせているのだ。


「あのー……出来たらその画像、僕も欲しいんスけど……駄目、ですかね?」

 いつまでも離れようとしないと思ったら鈴木がおずおずとそんな事を言ってきた。

 しかしこれは情報提供者から表に出さない前提で添付されてきた物だ。閲覧の為だけに見せてくれた物だから流石に流出の原因を作る訳にはいかない。

 それに送ってくれた相手が何故見せるだけに留まったのか、その理由もなんとなく理解出来るのだ。同じ思い出を共有する者だけが同じ思いを抱ける。こういった物は他人に渡ってしまうと必ずそれを利用される事になる。送ってくれた彼は私と言う出版社のライターを信用した上で見せてくれた筈なのだから。


 そう説明すると鈴木は残念そうに頷いた。

「うーん……それは仕方ないッスね。もし僕から流出しちゃったら橋本さんの信用、落としちゃうッスし。まあ、見せて貰えただけで充分満足ッスから……」

 しかしそう言うと鈴木はプリントを眺めて不意に声をあげた。

「……あれ? この猫って確か、ちょっと前に導入されたスキルペット、ですよね? 猫を使ってるなんて凄く珍しいなあ。使う人の中でも大抵は鳥で回復スキルを選ぶんですよ。確か猫は反撃スキルだったかな? 犬がスロウ効果で敵の移動速度を遅くするんスよ」

 そう言って鈴木はマリアの傍に写っている白い猫を指差した。しかし彼の『珍しい』と言う言葉が理解出来ない。

 反撃してくれるならもっと使う人が多くてもおかしくは無いし、そんな選択をする人だっている筈だ。

 そんな風に考え込む私に鈴木は笑って答えた。

「だからアタッカー偏重なんスよ、このゲームのプレイヤーって。防御軽視の傾向が強くて『攻撃を受ける前提』のスキルは選ばないんス。防御だとシールドが必要になるから重量制限の影響だって受けますからね。それに特に装備箇所がそれ程多く無いんス。ま、狩りゲーって言われるのは大抵そんなパターンなんスけどね?」


 つまり大半のプレイヤーは事故によるダメージ対策として回復スキルを使える鳥をペットに選んでいると言う事だった。確かに『反撃』と言う事はダメージを受ける前提でないと成立しない。このゲームではアタッカーが多い、と言う事は『華麗に回避』する事が常識になっている。

 しかし貰ったメールの内容を見る限り、かの『Maria』はその反撃をフル活用している様にしか見えない。でないと一〇もランク差のあるボスクラス・モンスターを倒すだなんて不可能な筈だ。


 しかしそこまで考えた処で私は不意に話がおかしい事に気がついた。そもそもスキル制システムだと聞いていた筈なのに何故勝てないと断言出来るのか理解出来なかった。

 それで唸って考え込んだ私を見て鈴木が笑って答える。

「ああ、それはスキルの熟練度と装備でランクが変動する仕組みなんスよ。レベルと違って、その合計で大体どれ位の相手とやり合えるか分かるんス。総合戦闘能力って言えば分かり易いのかな? キャラの年齢、サイズ、種族、それと装備とスキル値を基準に算定されてます。自分より上の相手をすれば報酬も良くなるし、ランクが上の奴を倒すとスキルアップもし易いんス。当然、プレイヤーが負けて装備を取られるとモンスターのランクも跳ね上がるッス。意図してそういう事をしてるプレイヤーも多いッスね」


 意図して――要するに鈴木はMPK、モンスターを用いてプレイヤーを殺す事を言っているのだろう。

 モンスターにわざと良い装備を拾わせて、モンスターのランクを上げる。それに挑みかかるプレイヤーを倒させて更に装備を収集する。モンスターがアイテム収集装置になるという仕組みと考えると相当にえげつなそうだ。

 けれど鈴木は笑って首を横に振った。


「あー、いや。基本本人が取り返せるだけでそれ以外は通常品ドロップっスね。そうじゃなくて、スキルを鍛える為にわざとモンスターのランクを上げるんスよ。基本的にスキル制なんでレベル制みたいに経験で上がらないッスからね。但しモンスターのスキルも成長しちゃうんで放置されるとヤバい強さになります。それと基本的にレア装備みたいな物が殆ど無いから外見の好みだけッスね。同じ装備を使い続けるとスキルボーナスになりますし。だから他人の装備を奪っても全くの無意味ッスよ?」


 それを聞いて私はとても驚いた。MMORPGについてはそれなりに調べているし知っているが、つまりアイテムや装備に依存していないシステムだと言う事だったからだ。

 ある意味、本当にプレイヤーの努力の成果だけが反映されるシステムになっていると言う事だ。最近にしては随分と珍しい、ある意味古臭いとも言える思想のゲームだ。


 大抵のMMORPGでは装備で強さが大きく変化するからレア装備と言う概念がある。それを牽引力にして利用している製品が殆どだ。最近は課金だけで強くなる事を忌避するプレイヤーが多い為に直接販売はしないが、それでもゲームの進展に有利となる課金商品は非常に多い。

 他には外見要素で集金を目論むからアバターの着ている服も課金対象になり易い。しかしそういった要素から完全に離れている。

 と言うのも使い続けた装備にボーナスが発生するシステムだからだ。人間はアバターを飾る事も重要視するがそういう部分は一体どうやっているんだろうか。兎に角、よくも今どきそんな方式を採用したものだ。感心する。

 そして恐らくそれは戦闘だけではない。例えば生産でも愛着のある道具や服装を準備して使い続ける。そうする事で自分の力量も底上げされていくと言う事だからだ。


 そこまで考えてやっと私は気付いた。

 スキルペットと言うのはあくまでスキルボーナスとセットになった『装備ではないスキル付き装備』と言う位置付けだったのだ。使い続ける――連れて一緒に冒険する事でボーナスが発生する。装備の一種だから死ぬ事も無い。

 それなら確かにバランスが著しく崩れる事も無いだろう。元々のシステムに完全準拠している。逆に言うと急いで強さを求める者にとっては手間だけが増えた様に感じられるかも知れない。だから簡単で便利そうな回復スキルを持つ鳥を選ぶ者が多いと言う事なのだろう。

 そう考えてみると実に上手く考えられた世界だ。直接的な数値でのやり取りが目立つ昨今、製作者はどうやら本当に楽しいゲーム――いや、居続けたいと思える空間を作りたくてこのタイトルを作ったのではないだろうか。

 元々私はMMORPGに対して余り良い印象を持っていなかったがそんな風に好意的に解釈していた。


 そう言えば……鈴木に頼んでいたマリアに関する匿名掲示板での書き込みログ収集は一体どうなったのか。その結果はどうなったのか疑問に思って尋ねてみた。すると彼はUSBメモリを取り出して差し出して来る。

「いやあ、元々ログは取ってましたんで。実はMariaについては僕も興味あったんスよね。だからそれ程大変って訳じゃなかったッス。またお礼に缶珈琲でも奢ってくださいッス。それにマリアの初期アバターっぽいのも見れたし、又何か進展したら教えてくださいね!」

 そういうと鈴木は自分の席へ戻っていく。私は受け取ったメモリを端末に繋ぐと早速その中身を物色し始めた。



●証言〇二・日本国内の匿名掲示板より(抜粋)


・どうせロリペドなヲサーンプレイヤーだろ。

・うぜえ

・Tankなら別に普通じゃね?

・Mariaたんprprしたい

・どうせ都市伝説だろ。Raidで一人だけTankerが生き残るとかありえねえし。

・Tanker wwwww戦わずに原油 運 ん で ろ wwwww

・まーでもTankが仲間守らなきゃ一人生き残るだろうな。一番硬いし。

・いやでもマジ、アレ見ると……ちょっと感動するぞ?

・関係者ktkr

・海外掲示板とか見ると、なんか偉い扱われ方してんな

・○○の○○サーバーでMariaたんハケーン

・いやそれ、どうせ同じ名前ってだけだろ……Mariaとか腐る程いるし

・俺が……俺達が、Mariaだ!!(キリッ

・Mariaは確かに凄いよ。やり方聞いても理解出来ん

・やり方kwsk

・トカゲ男が右足出した状態で体重乗せたらガードとか判らんって

・Mariaなら今、俺の隣で寝てるよ

・雑魚で試して来た……なるほど、分からんwwwww

・廃人には付いて行こうとしても無駄だからな……

・検索したらMariaって名前だけで七十八人いたんだけど……どれだよ?

・真似してる偽物多いからな。本物はもう辞めてるんじゃね?

・Mariaまだログインしてるよ。時々だけど。

・あいつ話そうとしないしウザいよ。無視すんなっつーの

・噂になって調子こいてんじゃね?

・英語出来るだけで俺はもう凄いと思うけどな……orz

・日本語サービス開始キボンヌ

・MariaってJCかJKらしいぜ?

・街の花壇で猫と遊んでるロリ子の名前がMariaだったんだけど……

・まあ、Tankの存在感アピールしたのだけは貢献してるよ

・Tankいらねえ。ゴミ。時代は華麗に避ける高速二刀流っしょ

・花壇探しまくってるけど、Mariaいねえ!!

・二 刀 流 m9(^Д^)プギャー

・Mariaたんのエロい画像はこちら >>URL



 匿名掲示板に書かれている内容は大体予想していた通りだった。日本国内に於いて、その評価は中々に酷い物で溢れていた。けれどそれでも予想していたよりはまだ肯定的な方なのかも知れない。数ある罵倒や中傷、無関係な話題の中に明らかに好意的な意見が散見される。

 それに少なくともMariaと直接会ったと思しき物まで書かれている事が分かる。更に私と同じく、Mariaを追っている様な人間までいた。

 茶化した内容が大半を占める中、それでもMariaと言う存在がゲーマーにとってそれなりにインパクトがある物だと言う事が良く分かる。

 こういったネットゲームに於いて日本は海外とはかなり反応が違っている。全体的に良くも悪くも、とにかく目立つプレイヤーが叩かれる傾向が強い。しかしそれでもこうして話題になっている時点で注目されていると言う事だ。


 これまで私が手がけた記事では海外FPSユーザーを取り扱う事が多かった。勿論国内のハイスコアホルダーにインタヴューを行った事もある。しかし読者の反応は余り(かんば)しい物とは言えなかった。

 元々日本は対戦コンテンツに対して消極的な気風の国だ。争いに発展し易い対戦物は無意識的に避けられやすい傾向がとても強い。だからこそFPSプレイヤーだった私の書くコラムは余り人気が無いのだと自覚している。


 それでもこうして注目されているのに本人の姿が一切見えてこないのは珍しい。この『鉄壁のマリア』を——是非とも取り上げてみたい。

 どちらにせよ私のコラムはそれ程人気も無い。このまま消えるのであれば最後にこういうユーザーを是非とも取り上げてみたい。そんな欲求が私の中で生まれていた。


 一応運営会社にも問い合わせの、打診のメールを送ってあるが未だ返答は無い。恐らくこう言う問い合わせは通る事は無いだろう。けれど何とか尻尾を掴むまで調べるしか手が無い。最悪の場合、そう言う都市伝説がある、と言う紹介だけでもやりたい。


 海外のプレイヤーから貰ったスクリーンショットだけが『鉄壁のマリア』は実在すると言う証拠だ。例え都市伝説化した物だとしてもベースとなるプレイヤーは必ず存在する。


 なんとかして、この少女のアバターを操っていたプレイヤーと接触する。

 それが当面の、私の目標になった。


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