第七話
教室でゆっくりしていると、廊下で茜さんと太川くんが何か話していた。あの二人が話し込んでいると、何か企んでいるんじゃないかと自然に疑ってしまう。
話が終わると教室の中に入って自分の席に戻った。席に座ると楽しそうな感じで次の授業の支度をしていた。ますます何を話していたか気になるけど、怖くて聞きたくない気持ちもある。
「おはよう。どうしたの空」
七海さんが挨拶した後、不思議そうに僕を見ていた。僕は茜さんの方を指すと、七海さんも、その方向に向いた。すると、茜さんの方に歩いていき、何があったか聞いていた。
なんだか楽しそうに話している。自分だけ蚊帳の外にされているみたいで気分が悪い。一体どんな話をしているかも気になるし、七海さんもいるから変なことではないだろう。
「あっごめん、つい」
話の中に入ろうとしただけなのに謝られてしまった。そんな嫌な顔をしてしまっていたのだろうかとも思ったけど、表情が固いから冷たく感じさせてしまって、怒っているように見えたのだろうか。
「今度の日曜日に五人で遊びに行かないかって亜貴くんが誘われてね」
「もうそんなに仲良くなってることにびっくりした」
好きなものが同じだと親交を深めやすいのだろう。それでも、平日の学校にいるときに連絡しているようには見えなかったし、休日も遊んだりしていたのに、どうやって距離を縮めているのか不思議だ。
「実は隠れて付き合ってたり」
「してないよ。私で遊ぼうとしたって無駄」
「いいネタ掴んだと思ったのに」
勝ち誇ったような顔で腕を組みながら、悔しがっている七海さんを見ていた。やられているからやり返そうとしたのが裏目に出てしまった。僕が見てきただけでも、相当な数やられてるから、何か仕返ししたい気持ちは分かる。
「それで五人でどこに行く予定なの?」
「買い物とか昼ごはんを食べたりとかしたいから、とりあえず駅に集合にしようかな」
誘っておいて、どこに行くか決まってないのだろうか。もしかして行きながら考えるとか怖いこと考えていないだろう。
「後で亜貴くんに聞いとく」
そう言うと、一時間目が始まるチャイムが鳴り、自分の席に戻って授業を受けた。予習をしているといっても、忘れているところが結構あったり、教科書には載ってないことを習うこともあるから、授業中は集中しようと心掛けている。でもさっきから、チラチラとこちらを見てくるのが気になって仕方ない。
昼休み、このことについて二人に話すと、僕にとって耳を塞ぎたくなるような言葉が返ってきた。
「そーちゃんのこと好きなんじゃない」
「私もそうだと思う」
そんな話したこともない、どういう人か知らない状態で好きになるなんてことがあり得るのか。それに男の人に好きになられても期待には応えられない。だからと言って、こんな姿で女の人と付き合う気もさらさらないんだけどね。
「どうしよう……」
「もしかして気になってるの?」
気になるには気になるが、七海さんの言う気になるとは意味が違うと思う。だけど、あまり関わっていないだけに、どんな人となりをしてるかは知りたいかも。
「告白されたら、どうやって断ろうかとか考えてるんじゃないの」
まさにその通りだ。気が早いかもしれないけど、今のうちにシミュレーションしておかないと、もしそうなったときに、緊張して変なことを言いだしてしまう気がする。
「そんなのキッパリとごめんなさいって言えばいいじゃない。何かあったら私たちが助けるし」
「それはそうだけど、そーちゃんって押しに弱そうだから不安」
好意を向けられるのは嬉しいので、それを相手が傷つく形で返答するのは心が痛む。だからといって告白を受け入れるなんてことをしたら、後々面倒になってくるから、できるだけ傷を浅く済ます方法をとりたい。
「空の性格からして、お断りしますと一言だけで済ますのはキツイかもしれないけど、変に気遣うよりは良いと思うよ」
「そうですか。じゃあそうするようにしますね」
シンプルが一番だ。こういうことは考えすぎずに自分の思っていることを口にしたほうが良いのだろう。相手は勇気を出して頑張って言ってくれたのに、こちらが勇気を出さないのは失礼というものだと、僕の中で無理やり納得させた。
そして放課後、僕が教室から出ようとしたタイミングで、授業中にチラチラと見てきた男の子から屋上に来てくださいと言われた。
「あの、言いたいことがあります」
「はい、なんでしょうか」
男の子は緊張した様子で、声を大きくしながら言っていた。その緊張が僕にも伝わり、つられて大きな声で返事してしまった。
「僕は中川さんが好きです。付き合ってください」
僕に対する好意が痛いほど伝わってくる。こんな姿を見て断るのは心が痛いが、これは仕方のないことだ。ここではっきりしないのは相手に失礼というものだ。だから僕は、この人とは付き合えない旨をきっちりと伝えなければならない。
「ごめんなさい」
男の子が腰を曲げたまま待っていた。僕は意を決してお辞儀をして、お付き合いの申し出を断った。だけど、このままでは相手を傷つけてしまいっぱなしになってしまうと思い、言葉を続けた。
「好意を向けられるのは凄く嬉しいし、私なんかの為に、こうやって勇気を出して言ってくれたのも嬉しい。私は想いを聞くことしか出来ないけど、あなたのように勇気のある人には、あなたのことを一番に想ってくれる、私とは比べ物にならないくらい素敵な人が、きっと現れてくれると思います」
「僕の想いを聞いてくれて、ありがとうございました。中川さんのような優しい方に出会えて良かったです」
男の子は一人で屋上から出て行ってしまった。こんな純粋で素直な人に好かれて嬉しい限りだ。それだけに精神的にくるものがある。だけど、これも必要な経験だと思えば、なんてことはないこともないけど、少し心が軽くなったような気がした。
そんなことを思ってると、七海さんと茜さんが屋上にいる僕の方へ向かってきた。
「優しさも時には残酷になるんだね」
「誰かさんと違って、どっちも純粋だから心が洗われるようだったよ」
「なーにーをー」
茜さんが七海さんを追いかけ回していた。本来は今と逆パターンが多いのだが、今回は珍しく茜さんが突っ込む側にまわっていた。この二人といると、僕も被害を被ることもあるが、飽きることがない。
「なに物思いにふけってんの」
「ひゃん!」
茜さんが僕の背中に回って、脇の下から手を回して僕の胸を揉んだり、持ち上げたりしていた。思わず声をあげてしまったばっかりに、もっと手の動きが激しくなっていく。
「可愛い声で鳴くじゃないの。それに揉み心地もいいし、ずっしりと重みも感じる。これは揉み甲斐がありますなぁ」
「これって私に対しての当てつけと受け取っていいの?」
なんで僕がやられてるのに、悪者みたいはことになってるの。もういい加減やめてほしいと思いすぎて、心からの叫びが出てしまった。
「僕をいじるのはやめてください」
「ぼ、僕?」
二人がきょとんとしている。思わず口に出てしまったので、もうどうしようもない。この場から切り抜ける方法を早く考えないと。
「もしかしてそーちゃんって……」
これを機に僕が男だったってバレるかも。一体どうやって話したらいいのか、頭の中をフル回転させたが、何も思いつかない。もうどうにでもなれ。
「ボクっ娘だったの?」
ボクっ娘ってどういうこと。だいたい言葉の意味はわかる気もするが、そういう人もいるということなのだろうか。でも、都合のいいように勘違いしてくれて助かった。
「そうかボクっ娘だったのか。これ以上ないくらいのギャップだったからビックリしちゃったよ」
茜さんは一人でニヤニヤしながら興奮していた。その様子をただ見ていることしか出来なかった。
「これから楽しみだなあ」
一時しのぎにはなったみたいだが、これから怖いことが今まで以上に起こりそうで身震いしてきた。
「あの人怖い」
「大丈夫、私もだから」
茜さんの方を指を指して話した後、僕と七海さんはそっと屋上から出て行った。
「あははは」
出て行った後も、しばらく茜さんの笑う声が聞こえてきた。